長期削減目標達成には何が必要か
── 2℃目標と我が国の2050年80%削減
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(「環境管理」からの転載:2016年5月号)
はじめに
2015年12月12日現地時間19時過ぎ、COP21 で「パリ協定」が採択された。その瞬間会場は地鳴りのような歓声に包まれ、抱き合って讃えあう壇上の交渉関係者や涙ぐむ参加者の顔がアップで中継され、この「歴史的な合意」の成立を祝福する気持ちをかき立てた。
パリ協定がこれほどまでに熱狂的な歓迎を受けたのは、具体的な温度目標として「2℃」という数字が条文に書き込まれたことによるところが大きい。実際、筆者の近くにいた若者は「これで地球は守られた!」とガッツポーズをとっていた。しかしこの2℃目標の達成は相当に困難であることはIPCC第5 次評価報告書等からも明らかである。
高い目標を掲げること自体はそう難しいことではない。特にその達成年限がある程度先であればなおさらだ。重要なのは掲げた目標の達成に向けて、倦まずたゆまず実行することだ。パリ協定が掲げた2℃目標の意味と、その達成には何が必要かを考えたい。
2℃目標の意味
パリ協定はその第2条1項(a)において、「全球平均気温上昇を産業革命前に比べ2℃未満に十分に抑える。また1. 5℃に抑えるような努力を追求する」という温度目標を明記した。またこれを達成するために、「長期目標を達成するため、世界の温室効果ガス排出をできる限り早期にピークにする。その後、急速に削減し、今世紀後半には、温室効果ガスについて人為的起源排出とシンクによる吸収をバランスさせる(第4条1項)」ことも掲げている。
気候変動枠組み条約の究極の目的は、「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させること」(下線筆者)であり、これまでの気候変動枠組条約(UNFCCC)交渉の文脈においては温室効果ガスの排出削減量が主に議論されてきたわけであるが、人類および生態系にとって重要なのは、温室効果ガス濃度の上昇によって、どれほど温度上昇し、地球環境にどのような影響を与えるかである。温度上昇という「結果にコミットする」条文が書き込まれたことは確かに画期的であるといえよう。
しかしこの目標の達成は大変に困難である。まず、そもそも温室効果ガス濃度が倍増した場合、温度が何度上昇するかを示す「気候感度」をめぐる不確実性が増大し、2℃目標達成のために必要とされる世界全体の排出削減パスにも大きな幅が生じてしまっている。2007年に発表されたIPCC第4次評価報告書においては気候感度の幅が2~4.5℃とされ、最適推定値を3℃と置いていた。しかし、第5次評価報告書では実測データを使用する研究者とモデル分析を重視する研究者の間で1. 5℃から4. 5℃まで見解が分かれ、「最適推定値」に合意できなかった。気候感度が不明であれば温度上昇を2℃というgoalに合意できたとしても、アクションプランを立てるための排出量のtargetをどこに置けばよいかわからないのだ。
一定程度の幅を持てばシナリオを描くことは可能だ。IPCC第5 次評価報告書によれば、2100 年に気温上昇を2℃未満に抑える可能性を高くするには、温室効果ガス(GHG)濃度を2100 年時点で約450ppmに抑えるシナリオを採ることが求められる。図1の「RCP2.6」で示されている範囲が2℃シナリオに相当し、2100 年の排出量は平均でゼロ、場合によってはマイナスとすることも求められることがわかる。
2100 年には世界の人口が112 億人にも達する(低位予測では73 億人、高位予測では166 億人)と予想注1)される中で、排出量をゼロもしくはマイナスにするのである。CO2 の人為的吸収を可能にする技術としては現在、CCS付きのバイオエネルギー( BECCS)もしくは植林が考えられるが、BECCSでこれを行うには、380~700Mhaの土地、すなわち世界の耕作可能地1500Mhaの3~5割が必要になるという注2)。この地球は112 億人の人口を養うための食糧生産を行いながら、それだけの広大な面積をBECCSに差し出さねばならないのだ。これは、現状では2℃目標は達成不可能と認識すべきではなかろうか。IPCCも当然、2℃シナリオ達成のために必要な条件として、①全世界の即時の行動、②技術の総動員、③世界共通のカーボン価格、の三つを示し、それが困難だと認識していることを暗に示している。2℃目標達成は無理だから諦めようと言っているわけではない。現在の延長線上に目指すゴールがないなら、我々は何に注力せねばならないのかを真剣に考えるべきなのだ。
パリ協定を受けて日本では
パリ協定で高い目標が掲げられたことを弾みとして、わが国の国内対策の議論も加速している。COP21 の会議から帰国間もない昨年12 月22 日には、中央環境審議会地球環境部会・産業構造審議会地球環境小委員会の合同会合(以下、合同会合)が開催され、「地球温暖化対策計画」の案が事務局から示された。今年3月4 日の合同会合の議論を経て、4 月13 日を期限として本稿執筆時点ではパブリックコメントを受け付けている段階である。この計画(案)について合同会合で最も議論が割れたのは、「長期目標として2050年まで80%の温室効果ガスの排出削減を目指す」ことを書き込むか否かであった。
高い目標を掲げることは基本的には崇高な行為である。地区大会で常に1回戦敗退の野球部であっても、「1回戦突破」という現実的な目標よりも「甲子園出場! 」という高い目標掲げて練習に取り組む方が、部員の心を一つにする効果は高いだろう。しかしこれは日本社会全体に大きな影響を及ぼし得る国としての計画なのだ。その目標を実現した社会の絵姿を描き、そこに至るまでの手段をどう確保するのか、メリット・デメリットの分析を冷静に行う必要がある。
- 注1)
- United Nations Population Division Department of Economic and Social Affairs World Population Prospects: The 2015 Revision
https://www.un.org/en/development/desa/population/index.shtml
- 注2)
- (公財)地球環境産業技術研究機構ALPS国際シンポジウム 茅陽一理事長“ゼロエミッション社会への道
http://www.rite.or.jp/news/events/pdf/Kaya_ALPSII_2016.pdf