長期戦略イコール長期削減目標ではない(その1)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
これを受けてエルマウサミットでは以下の文言が盛り込まれた。
This should enable all countries to follow a low-carbon and resilient development pathway in line with the global goal to hold the increase in global average temperature below 2 °C. ……. Accordingly, as a common vision for a global goal of greenhouse gas emissions reductions we support sharing with all parties to the UNFCCC the upper end of the latest IPCC recommendation of 40 to 70 % reductions by 2050 compared to 2010 recognizing that this challenge can only be met by a global response. We commit to doing our part to achieve a low-carbon global economy in the long-term including developing and deploying innovative technologies striving for a transformation of the energy sectors by 2050 and invite all countries to join us in this endeavor. To this end, we also commit to develop long term national low-carbon strategies
ここで特筆すべきは、2050年における世界全体の排出削減幅については言及されている一方、「その一部として先進国○%」という数値への言及がなく、その代わりに「我々は革新的技術の開発・普及を含む低炭素グローバル経済の実現に向けて役割を果たす」と記されたことだ。過去の経験からCOP21に全球数値目標が入らないであろうことを見越してのことかもしれない。むしろ長期の排出削減のためには技術がカギであるとのメッセージが明確に出ている分、単なる数値目標よりも評価できるものでもある。
そして昨年12月のCOP21では「予想どおり」上記の全球長期削減目標が協定に盛り込まれることはなく、1.5度~2度という温度目標と今世紀後半に排出と吸収をバランスさせるという定性的な目標が入ることで決着した。このことは、これまで全球長期削減目標に合意するための材料として語られてきた先進国80%目標の位置づけにも変化をもたらした。一言で言えば、世界全体で排出削減目標が共有されていない中で、先進国だけが片務的に80%削減を目指すことはバランスを欠いているということだ。
2050年40-70%減の不確実性
更に2度目標安定化との関係でこれまで繰り返し言及されてきた「2050年全世界半減」、それに代わる「2050年40-70%減(2010年比)」という長期削減目標の位置づけについても、状況が変わってきている。産業革命以降の温室効果ガス濃度が倍増した場合、温度が何度上昇するかを示す「気候感度」をめぐる不確実性が増大しているからである。気候感度のレベルについては、専門家の間でも意見が分かれているが、IPCC第4次評価報告書においては気候感度の幅が2℃~4.5℃とされ、最適推定値を3℃と置いていた。しかし、第5次評価報告書では実測データを使用する研究者とモデル分析を重視する研究者の間で1.5℃から4.5℃まで見解が分かれ、「最適推定値なし」ということとなった。
気候感度の大小はあるレベルで温度安定化を達成するために必要な温室効果ガス濃度の安定化、ひいては今後必要とされる排出削減パスの形状に非常に大きな影響を与える。図1は気候感度が3.0℃か2.5℃かで2℃安定化に必要とされる世界全体の排出削減パスの形状がどう変わるかを示したものである。赤の太線は、各国がCOP21に先立って提出した約束草案を集計した排出パスである。他方、①水色の線、②灰色の線、③オレンジ色の線はそれぞれ①気候感度を3℃とし、温室効果ガス濃度が500ppmを超えずに2℃安定化、②気候感度を3℃とし、温室効果ガス濃度が530ppmを一旦超えることを許容して2℃安定化、③気候感度を2.5℃とし、温室効果ガス濃度が580ppmを一旦超えることを許容するケースである。①の場合、各国の約束草案の合計値は2度安定化のために求められる排出削減経路から大きく外れてしまうのに対し、③の場合、求められる排出削減経路とかなり整合的であることがわかる。このように気候感度がわずか0.5℃違うだけで、同じ温度目標の下であっても求められる排出経路が変わってくるのである。
「2050年半減」及びそれに代わる「2050年40-70%減(2010年比)」が唯一絶対ではないということは、そこから派生した「先進国80%減」の位置づけも相対化させるものである。