インド・チェンナイの大洪水
主原因は無秩序な都市開発、温暖化との関係は未検証
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
インド・チェンナイで大洪水が起きている。COP21において、ファビウス議長は、これは地球温暖化の影響であるとして、排出削減の緊急性を訴えた。また、インド環境大臣は、これは過去の先進国の排出による被害だとしている。だが水害に詳しい現地に専門家に聞くと、実際は、この洪水の主原因は都市の無秩序な開発の結果であるという。これに対して、地球温暖化との関係については、可能性はあるが、まだ検証されていない。
インドのチェンナイは、旧名称はマドラスであり、インド南部における重要な産業集積地である。このチェンナイで、2015年11月初めに大雨が続き、洪水が起きた。都市では冠水している地域が随所にあり、国際空港も閉鎖された。死者は300人以上に上り、経済的な被害も甚大である注1) 。
これは確かに大雨によるものだった。だがこれが地球温暖化の影響かどうかは、その可能性はあるものの、今のところ検証されていない。注2)
対照的に、水害に詳しい現地の識者が声を揃えるのは、この洪水の主な原因として無秩序な都市開発があったということである。筆者は、11月にインド国内で複数の専門家に会う機会があり、この事情を詳しく聞いた。それによると、チェンナイでは、都市開発が無秩序に行われた結果、大雨に対して極めて脆弱になってしまっていた。具体的には以下の通りである:
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- 湖沼を埋め立てたり、河川敷にビルを建てたので、ビルは水没しやすいし、大雨の時の貯水機能が大幅に失われた。
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- 雨水管や側溝が整備されていない。あるいは、手入れされておらずゴミが詰まっている。
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- 高速道路や鉄道が、水の流れを遮るように建設されてしまっている。
このため、僅かの雨でもすぐに水浸しになるようになっており、温暖化とは関係なく、何れこのような惨事を招くことは確実だった、ということだ。実は、このような危険性は、2010年に、すでに州政府当局の会合でも指摘されており、ネット上でも複数の報道記事においても解説がなされている注3)、注4)、注5)、注6) 。
なお、このような無秩序な開発が原因となっている洪水は、チェンナイだけでなく、インド全域で、ここ10数年ほどの現象として起きるようになった。半乾燥地域で年間降水量が日本の半分ほどしかないハイデラバードにおいてすら、ちょっとした雨が降ると洪水が起きる注7)。バングラデシュの首都ダカでも同様な原因で洪水が起きている注8) 。
だが、このような「人災である」という側面は、政治的には無視されているようだ。チェンナイが州都となっているタミルナードウ州の女性首相ジャヤリータは、「このような大雨が降れば損失は不可避であり、政府は速やかな救援・救済をするしかない」としている。同首相は18年間政権の座にあり、その間のインフラ整備には大きな責任があったはずなのに、それに言及していないのは「恐ろしいことだ」と現地の報道で批判されている注9)。
更に、COP21では、これを温暖化の影響だとする意見が相次いだ。インド政府の環境大臣は、当初こそ温暖化との関連を否定していたものの、COP21会期中に意見を変え、「これは過去150年間に先進国がCO2排出を続け、0.8度の温度上昇を招いたことに起因する災害で、したがって、先進国はより積極的に温暖化対策に取り組まねばならない」としている注10)。また、COP21のファビウス議長は、以下のように書面意見を出している:「この洪水の未曾有の規模は、われわれに残された時間がないことを確証している。われわれは気候の崩壊に対して具体的かつ緊急の行動を取らねばならない」注11) 。
地球温暖化が進行すれば、確かに洪水の程度が増したり、頻度が増えたりする悪影響は懸念される。だが、このチェンナイの洪水について言えば、今のところ温暖化の影響かどうかははっきりしないのに対して、主たる原因として無秩序な都市開発があることを、多くの水害専門家が指摘している。これを、あたかも不可避の天災であるとか、すべてを温暖化のせいにしてしまうと、問題の本質を見誤ることになる。チェンナイでいまもっとも必要なことは、温暖化の影響の有無に拘わらず、都市開発を水理学に配慮した秩序あるものにすることである。
- 注1)
- インド南部で大規模洪水、チェンナイ水浸し 死者269人
http://www.cnn.co.jp/world/35074503.html
- 注2)
- 今回の大雨のような、単独の気象事象が温暖化の影響であるかどうかを述べることは難しく、その関連性を検証するためには、頻度や程度の分布を見るなど、別途、温暖化の寄与がどの程度であるかという詳しい「アトリビューション」の研究が必要になる。
なお大雨の頻度については、(いずれも科学論文ではないが)増えていると論じる記事と、増えていないと論じる記事の双方がある。
Climate Change Brought the Rains, Our ‘Development’ Brought the Chaos
Chennai floods are not a natural disaster – they’ve been created by unrestrained construction:The infrastructure of big commerce has replaced the infrastructure to withstand natural shocks.
- 注7)
- Dr. Anamika Barua、the South Asia Consortium for Interdisciplinary Water Resources Studies (SaciWATERs)、在ハイデラバードへの筆者によるヒアリング。
- 注8)
- Dr Saleemul Huq、International Centre for Climate Change and Development (ICCCD)、在ダカへの筆者によるヒアリング。
- 注9)
- ジャヤリータの発言:“Losses are unavoidable when there’s very heavy rain. Swift rescue and relief alone are indicators of a good government.”
- 注10)
- インド環境大臣発言は以下の通り: ”What is happening in Chennai is the result of what has happened for 150 years in the developed world. That is what has caused 0.8-degrees-Celsius temperature rise and, therefore, they must now take action more vigorously,”
India blames industrialised nations for deadly floods:Devastating flooding in Chennai reflects climate change caused by developed countries, environment minister says.
- 注11)
- Laurent FabiusCOP21議長(フランス外務大臣)の書面演説の原文は以下の通り:”The unprecedented magnitude of the flooding confirms yet again that we no longer have time; we must take concrete and urgent action against climate disruption”.
U-turn: Paris talks force Modi govt to admit climate change cause behind Chennai floods
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