COP21 パリ協定とその評価(その3)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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グローバルストックテーク

 パリ協定には、各国の行動が全体としてパリ協定の目的及び長期目標の達成に向かっているかをチェックするための枠組みとして、第14条にグローバルストックテークのメカニズムが盛り込まれた。第1項ではグローバルストックテークは緩和、適応、支援を含めた包括的かつ促進的なものであると規定されている。先進国、途上国の温室効果ガス削減・抑制に向けた取組の全体的な進捗状況のみならず、途上国への支援についてもグローバルストックテークの対象となっているところが特徴だ。グローバルストックテークは2023年から開始され、以後5年ごとに行われ(第2項)、その結果は各国が行動、支援を更新、拡充する際の参考とされる(第3項)。なお、その予行演習とも言うべき各国の努力の総計についての「対話」が2018年に行われることも決まっている(COP決定パラ20)。
 パリ協定は各国がNDCを持ち寄り、その実施状況をレビューするというボトムアップのプレッジ&レビューの枠組みを基本としているが、このグローバルストックテークの規定により、トップダウンで設定された長期目標(第2条の温度目標、第4条第1項の早期のピークアウト、今世紀後半の排出と吸収のバランス等)との整合性をチェックされることになる。換言すればボトムアップとトップダウンのハイブリッド型であるとも言える。

発効要件

 パリ協定の発効要件は第21条第1項において「世界の温室効果ガス排出総量の少なくとも55%と見積もられる少なくとも55ヶ国の締約国が批准書(ratification)、受託書(acceptance)、承認書(approval)もしくは加入書(accession)を寄託した日の後、30日目の日に効力を生ずる」とされている。京都議定書における発効要件「附属書Ⅰの締約国の1990年における二酸化炭素排出総量の少なくとも55%を占める附属書Ⅰの締約国を含む55ヶ国以上の条約の締約国が批准書、受託書、承認書又は加入書を寄託した日の後90日目の日に効力を生ず」の考え方を踏襲するものであるが、先進国、途上国が共に温室効果ガス削減に取り組む本協定では、温室効果ガスのカバレッジ要件が附属書Ⅰ国から世界全体に広げられた。先進国に比して途上国の温室効果ガス排出量データ整備が遅れているため、第2項では「第1項の目的に限定し、『温室効果ガス排出総量』とは条約採択の日もしくはそれ以前に締約国から条約事務局に提出された最新の量を意味する」とし、各国のデータ年のバラつきを許容することとした。
 発効要件については、国数と併せ、温室効果ガスカバレッジも要件とする案がブラケットの形で残っていたが、直近の議長案では、55ヶ国が批准、受託、承認、加入すれば発効するという案になっていた。これは、温室効果ガス排出量は少ないが、国数だけは多いアフリカ諸国や低開発国が批准すればすぐに発効することを意味し、世界全体の温室効果ガス排出削減という目的に照らせば実効性に大きな疑問符がつく。このため、丸川環境大臣は全体会合で温室効果ガス排出量のカバレッジも発効要件に加えるべきと主張し、最終案においてそれが取り入れられたわけである。
 ただし、発効要件の55%は全ての主要排出国の参加を確保するものとは言えない。世界第1位、第2位の排出国である中国、米国が両方参加しなければ発効しないものとするためには温室効果ガスカバレッジ要件を80%程度まで引き上げねばならないからだ。米中の温室効果ガスカバレッジは合計で4割弱であるため、55%という要件では米国、中国のいずれか一方、更には両方が参加しなくても計算上は発効可能ということになる。京都議定書の発効要件55%も米国が批准しなくても発効するような設計となっていたことを想起させる。
 なお、パリ協定の発効時期については、ダーバンプラットフォーム上、「in order to adopt this protocol, another legal instrument or an agreed outcome with legal force at the COP21 and for it to come into effect and be implemented from 2020」とあり、2020年からの発効が想定されているが、パリ協定上、上記の発効要件を満たせば、2020年以前の発効も可能と思われる。ただしパリ協定の根幹となる透明性フレームワークの実施細則が2018年のCOP24で検討されることを考慮すれば、
実際に協定が動き出すのはその後と考えることが自然であろう。

その他

 今回の交渉では京都議定書第2約束期間が焦点となったCOP16のように日本が突出する局面はなかったが、一部マスコミでは日本による高効率石炭火力発電技術の輸出が問題視されるのではないかとの報道もあった。10日夜に出された議長テキストのCOP決定パラ62には「締約国に対し、高排出投資への国際支援を減少させるよう求める(Urges Parties to reduce international support for high-emission investments)」との文言が含まれていたのも事実である。しかしCOP21に先立つOECD輸出信用会合において、高効率石炭火力技術の輸出については引き続き支援対象とすることが合意されており、そもそも上記の文言は高効率石炭火力を想定したものではない。環境NGOの中には本パラグラフを「日本へのメッセージだ」と説明した団体もあったというが、全くの見当違いである。しかも最終的に合意されたCOP決定では本パラグラフ自体が削除された。おそらく経済発展のために石炭火力技術を今後とも必要とするインド等の途上国の強い反対があったものと思われる。COP21期間中にインド産業連盟と意見交換をする機会があったが、彼らは「インドの経済発展にとって石炭は不可欠であり、インドの経済発展は後に続く途上国にとっても重要。石炭を使うなと言うのではなく、石炭を効率的に使えと言うべきだ」と明言していた。エネルギーや経済の実態を無視した環境原理主義的な議論に辟易していた筆者にとっては胸にストンと落ちる議論であった。

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