COP21 パリ協定とその評価(その3)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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透明性

 緩和目標の実施状況に関する情報提供、レビュー(これを総称して「透明性」と呼んでいる)は今回の交渉の中で先進国が最も重視したイシューの一つである。新たな枠組が目標値を義務付けるものではなく、目標の策定、登録、レビューといったプロセスを義務付けるものとなる中で、枠組みの実効性を確保するためには各国が自国の出した目標達成に向けて努力していることが「見える化」していることが重要だからだ。
 今次交渉における透明性をめぐる交渉では、まず、そのスコープが議論となった。先進国は透明性の元で途上国の緩和行動の進捗状況をきちんとフォローすることを重視していた。これに対して途上国は「自分たちの緩和行動の成否は先進国からの支援次第である。緩和行動の進捗状況をチェックするならば、そのための支援の状況もチェックすべきである」という論理に基づき、透明性のスコープを緩和のみならず、途上国の緩和、適応に対する支援(資金、技術、キャパシティビルディング)も対象とすべきであると主張してきた。この点については、交渉終盤頃には先進国が妥協し、透明性のスコープに支援も加わることが既定方針となっていた。
 最後までもめたのが透明性のプロセスにおいて先進国と途上国の差異化をどこまで認めるかという点である。直近の議長テキストではNDCの実施状況に関するレビューが全ての締約国に等しく適用されるオプション1と、先進国は「強固なレビューと国際的な評価プロセスを受け、遵守に関わる結論につなげる(robust technical review process followed by a multilateral assessment process, and result in a conclusion with consequences for compliance)」一方、途上国の提供した情報については「内政干渉的でなく、懲罰的でなく、国家主権を尊重し、先進締約国からの支援に応じた形で、技術的な分析を受け、国際的な場で意見交換を行い、サマリーを作成する(technical analysis process followed by a multilateral facilitative sharing of views, result in a summary report, in a manner that I nonintrusive, non-punitive and respectful of national sovereignty, according to the level of support received from developed country Parties)」というオプション2 が併記されていた。これは露骨な先進国・途上国二分論であり、先進国にとって受け入れられるものでは全くなかった。
 以上の背景を念頭にパリ協定の透明性に関する規定を見ていこう。
 第13条第1項では、「相互の信頼を構築し実効的な実施を促進するため、締約国の異なる能力を考慮し全体の経験に基づく柔軟性が組み込まれた、行動及び支援の強化された透明性フレームワークを設ける(In order to build mutual trust and confidence and to promote effective implementation, an enhanced transparency framework for action and support, with built-in flexibility which takes into account Parties’ different capacities and builds upon collective experience is hereby established)」と規定された。上述のとおり、透明性の対象は行動(温室効果ガスの削減、抑制)と途上国の緩和、適応への支援の双方となった。
 第2項では透明性フレームワークの実施に当たっては「能力に照らし柔軟性を必要とする開発途上締約国には、透明性の枠組みの柔軟な運用を認める」とされた。また本条を引用したCOP決定パラ90では「開発途上国に対し透明性のスコープ、頻度、報告の詳細度、レビューのスコープの面で柔軟性を認めなければならず、各国訪問審査については選択を認める。こうした柔軟性は透明性フレームワークのモダリティ、手続、ガイドライン策定に反映されねばならない(developing countries shall be provided flexibility in the implementation of the provisions of that Article, including in the scope, frequency and level of detail in reporting, and in the scope of review, and that the scope of review could provide for in-country reviews to be optimal, while such flexibilities shall be reflected in the development of modalities, procedures and guidelines referred to in paragraph 92 below)」と規定された。
 第3項では透明性フレームワークの実施に当たっては「協力的、内政不干渉的、非懲罰的で国家主権を尊重し、締約国に無用の負担を与えない(in a facilitative, non-intrusive, non-punitive manner, respectful of national sovereignty, and avoid placing undue burden on Parties)」こととされている。この表現は冒頭に掲げた直近の議長テキストでは開発途上締約国の透明性にのみ適用されていたものが、先進締約国、開発途上締約国全体にかかることとなった。
 第5項では行動(action)の透明性フレームワークの目的を「グッドプラクティス、プライオリティ、ニーズとギャップを含め、パリ協定第2条に規定する気候変動枠組条約の目的に照らした行動に関する明確な理解を提供し、各国のNDCと適応行動の進捗状況をフォローし、第14条のグローバルストックテークへのインプットとすること」と規定している。
 第6項では支援(support)の透明性の目的を「第4条(緩和)、第7条(適応)、第9条(資金)、第10条(技術)、第11条(キャパシティビルディング)において各国が提供し、受領した支援を明確化し、全体としての資金援助額をグローバルストックテークへのインプットとする」と規定している。
 第7項では各国が温室効果ガス排出量と吸収量のインベントリーと、NDCの進捗状況把握に必要な情報を提供するとされた。第9項では「先進締約国は、開発途上締約国に提供された資金、技術移転及び能力開発の支援に関する情報を提供する。また、支援を提供する他の締約国は、当該情報を提供すべき」と規定され、第10項では「開発途上締約国は必要とする支援と供与された支援の情報を提供すべき」とされた。
 第11項は冒頭に紹介したレビューに関する部分であり、「第7項、第9項に基づいて提出された情報は、技術専門家によるレビューを受ける。開発途上締約国であってその能力に照らして支援が必要な国においては、専門家による検討には、能力開発の必要性の特定の支援が含まれる。各締約国は、第9条(資金)に基づく努力に関する進捗及びNDCの実施と達成について、促進的かつ多国間の検討に参加する」と規定された。第12項では「技術専門家レビューは各国の支援の提供、NDCの実施・達成状況を内容とする。レビューは第13項に規定する透明性に関するモダリティ、手続、ガイドラインとの整合性のレビューを含め、各国の改善すべき点を示す。レビューにおいては途上国の能力や状況に特に注意を払う」とされている。行動と支援の透明性に関する共通のモダリティ、手続、ガイドラインは第1回パリ協定締約国会合で採択することとなっている。第14項、第15項では透明性の実施に必要な支援を途上国に提供することが規定された。
 以上、透明性フレームワークの条文全体を眺めてみると、NDCのみならず支援も報告、レビューの対象となっていること、直近の議長案のような先進国と途上国の露骨な二分論は影を潜め、先進国、途上国が一つのフレームワークに参加する形式は取りつつも、その実施に当たっては「これでもか」というほどの途上国配慮の「芽」が埋め込まれており、途上国の主張を相当程度盛り込んだものになっている。透明性フレームワークに関する実施細則は第1回パリ協定締約国会合で採択されることになるが、「悪魔は詳細に宿る」である。透明性フレームワークがもっぱら先進国の緩和努力や支援実績、予定に偏重したものになること、特に緩和努力が期待される大排出途上国にとって「大甘」のものとなり、地球全体の温室効果ガス削減に向けた枠組みの実効性を損なうことは厳に避けねばならない。透明性フレームワークの実施細則は今回設置が決まったパリ協定特別作業部会の検討を経て、第1回パリ協定締約国会合への送付を念頭に2018年のCOP24で検討されることになる。透明性フレームワークを実効あるものとするための勝負はこれからであろう。