【緊急提言】誤解だらけの気候変動問題
-米国の削減目標に左右されるな-
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
<京都議定書はなぜ「失敗」したか>
京都議定書の実効性を大きく損なった原因の一つが、米国の不参加である。
ゴア前副大統領と大接戦の末勝利したブッシュ大統領は、中国など既に大排出国となった途上国も不参加であり不公平な枠組みであること、米国経済への悪影響が懸念されることなどを理由に参加しない旨を表明した。このため、ブッシュ政権による「裏切り」だと非難する声が強い。
しかし、米国の不参加は、京都議定書が採択されたCOP3の時には既に想定されるべきであった。1997年7月、COP3に先立つこと5ヶ月ほど前、米国議会上院は、米国経済に深刻な影響を与える条約、発展途上国による温暖化防止への本格的な参加と合意がない条約は批准しないことを満場一致で決議(バード=ヘーゲル決議)していたのだ。気候変動枠組み条約が1990年代初頭の状況に基いて世界を先進国と途上国とに二分し、それぞれの義務に差異を設けていること、京都議定書はその条約のもとに先進国に排出削減の義務を負わせる仕組みであることを考えれば、米国議会上院が議定書の批准を承認するはずがなかったのである。
しかしゴア氏はCOP3の開催される京都に乗り込んできて、米国も参加するから日本ももっと高い目標を掲げるべきだと迫った。自身が大統領になれば議会を説得するつもりだったと好意的に解釈することも不可能ではないが、それが成功する見込みは皆無に近かったであろう。それが証拠に、クリントン政権は京都議定書の批准提案を上院に提出することすらしていない。少なくとも自国の足元がそれだけ不安定な状況で他国に目標の引き上げを迫るなど、日本人にはとてもできない芸当だ。「やるやる詐欺」とでも言いたくなる。バード=ヘーゲル決議は、拘束力があるものではないが、満場一致で可決されたがゆえに、いまでも重い意味を持つのだ。
<実効性ある枠組みにするためには本質的な議論を>
日本も多いに反省すべきなのは、米国が批准しないことを表明しても「COP3の議長国として率先して批准すべし」との単純な論で突っ走ってしまったことだ。当時、野党民主党の代表だった鳩山氏が小泉元首相との党首討論で、京都議定書の批准を強く迫っていたことは私も鮮明に記憶しているが、米国抜きの枠組みで本当に温暖化対策として実効性があると思っていたのだろうか?米国は京都議定書締約の1997年当時、世界の温室効果ガスの24%を排出していた。2010年時点でも14%を排出する世界第2位の排出国である。米国が加わらない枠組みでは温暖化対策として全く実効性がないことは明らかだったが、そうした議論は国会でほとんどなされることなく、2002年5月21日、衆議院は全会一致で京都議定書の批准承認案を全承認・可決した。衆議院外務委員会の審議はわずか3時間だった注5) 。
実効性を欠く枠組みに残り、日本だけが大きな負担を負うことになってしまった反省に基づき、次期枠組みは「すべての主要排出国が参加する公平で実効性ある枠組み」にしなければならないことを、日本政府はここ数年繰り返し主張してきた。それだけに、そうならなかった場合にどうするのか、その対応策を描いておく必要がある。米国の「やるやる詐欺」に騙されることは、温暖化対策を実効性あるものにするためにも、日本の国益の観点からも、もう許されないのだから。