「日本の低炭素技術で世界での温室効果ガス削減に貢献する」は可能か?
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
昨年9月23日、国連気候サミットにおいて安倍首相は、これまでのスタンス通り、「二国間クレジット制度(以下、JCM)を着実に実施し、優れた技術を国際社会に広め、世界の削減に貢献する」ことを改めて表明した。
日本の優れた低炭素技術によって世界での温室効果ガス削減に貢献するというコンセプトは、環境貢献と経済成長の両立を目指すものとして国民の中にも異論はほとんど無いだろう。筆者もこの制度に期待を寄せてきたし、現在もその気持は変わらない。しかし、このコンセプトを実現することはそれほど簡単ではない。いくつかあるその課題の中から、今回はWTO(世界貿易機関:World Trade Organization)の定める「補助金・相殺措置協定注1)」に抵触するとして提訴される恐れを指摘したい。この問題は、3月30日に開催された産業構造審議会地球環境小委員会約束草案検討ワーキング・グループでも話題となった。
WTOの補助金・相殺措置協定(以下、協定)は、自国の産業を必要以上に保護し、ひいては自由な貿易競争を歪曲することを防止するため、農産品を除くすべての産品(林水産品含む)に関し、補助金の交付を厳しく制限している。ここでいう補助金は、政府による、贈与や貸付け、出資、債務保証、税減免、政府調達を含むものと定義されており、特に貿易歪曲効果が高い「輸出補助金」と「国内産品優先使用補助金」の交付は原則禁止されている注2) 。
この協定を踏まえて、環境省が平成27年2月に募集した、二国間クレジット制度を利用した二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金に係る補助事業者への交付要綱注3)と実施要領注4)を確認してみる。
交付の目的は、輸出補助ではなくCO2削減という大義であることは明記されているし、交付先企業の国籍についても特段の限定はない。補助金交付申請は国際コンソーシアム(※日本法人と外国法人等により構成)の構成員が共同で行うこととされるが(要領第3の(2))、これのみでは「日本からの輸出」に対する補助とは特定できない表現になっている。
しかし、例えば同省の平成26年度概算要求に関する資料注5) を見ると、「JCMを活用して、我が国企業が有する技術等を用いて実施する排出削減プロジェクトに対する設備補助(補助率:1/2)を行い、(以下略。下線筆者)」といった表現が使われている。日本企業が有する「技術」であり、製品の輸出補助であるとは書かれていないが、実態を問われる可能性は否定出来ないであろう。ちなみに、平成27年度の予算要求資料注6)ではそうした表現が修正されている。
このように制度設計上の文言には相当の配慮を行わねばならないことは当然であるが、重要なのは実態である。制度設計上は、日本企業と海外企業に差別を設けていなかったとしても、補助金交付対象の大半が日本製品の輸出を伴う事業である場合には、日本の技術と競争関係にあるWTO加盟国から、事実上の輸出補助金として提訴される可能性を考えなければならないだろう。これまでは制度の検討段階であり予算規模も限られたものであったが、日本の温暖化目標にこの制度を組み込むとなれば、諸外国から向けられる視線は非常に厳しくなる。
日本国民の税金によって支援される事業については日本国民・日本企業にとって何らかメリットがあることが当然求められるが、しかし一方で、市場経済原則によって世界経済の発展を図るとするWTO協定においては、国際貿易関係における差別待遇を廃止することが求められる。「日本の環境技術で世界の排出削減に貢献する」というコンセプトを実現することは、そう簡単ではないのだ。
WTO協定違反を問われる可能性については、二国間クレジット制度の大きな論点ではない。少なくとも制度設計の段階では協定違反とならないよう配慮することは可能だ。
しかし2020年以降には「すべての国が参加する枠組み」に移行するのであるから、プロジェクトの相手国からすれば(多少「定価」より安く買えたとしても)自分の国が導入した技術によって削減できた温室効果ガスは、自国の削減分として扱うという主張がなされるであろう。いわゆる「ダブルカウント」にはならないという納得性ある制度設計をせねばならないし、そうした納得性を確保したとしても国連の枠組みの中でこの制度がどう扱われるかはまだ議論の途上である。国連交渉においては、自国での削減に最大限努力すべきであり、先進国が途上国で行ったプロジェクトをクレジットとする市場メカニズムの活用には批判的な声注7)も多いからだ。
そもそも2020年以降の枠組みは、各国が自主的な目標を掲げるボトムアップ・アプローチであるから、海外からクレジットを調達して目標を達成するという概念はそぐわない。この原稿を執筆している3月30日時点において、既に約束草案を提出したEUやノルウェー、スイスなどの国で、削減目標に海外クレジットの数字を入れ込んでいる国がないのは当然のことであろう。
二国間クレジット制度は、これまで日本政府が数年かけて署名国を増やし、大事に育ててきたコンセプトである。今後もこれを実現化させる努力は最大限しなければならないが、しかし、この実現を前提として日本の2020年以降の温暖化目標を提出することは危険に過ぎるだろう。初夏までには日本の温暖化目標についても固まる見通しであるが、改めて冷静な議論を期待したい注8)。
- 注3)
- 二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金(リープフロッグ型発展の実現に向けた資金支援事業)交付要綱(案)
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/biz_local/27_a05/yoko.pdf
- 注4)
- リープフロッグ型発展の実現に向けた資金支援事業実施要領(案)
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/biz_local/27_a05/jissi.pdf
- 注7)
- ボリビアは一切の市場メカニズムを認めないという発言を繰り返している。
- 注8)
- なお、同制度の検討状況や最新の国際交渉を踏まえたディスカッション・ペーパー「二国間クレジット(JCM)制度の課題と対応の方向—新たな法的枠組みへの適合を目指して—」が東京大学公共政策大学院より発表されているので、ぜひあわせて参照いただきたい。