電気料金値上げを主張する「脱・成長神話」(朝日新書)とピケティー「21世紀の資本」
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
「企業よりも家庭が電気を使っている」とのタイトルがあり、電力消費について、「家庭部門の消費が抑制されれば、間違いなくエネルギー供給量はそれほど高い水準を目標とする必要はなくなる」とある。ところが、示されているデータには電力消費に関するものはなく、一次エネルギーに関するものだけだ。電力販売量のデータを図‐3に示したが、タイトルと説明の誤りは明白だ。
家庭あるいは小さな商店が主体の電灯需要を、産業用の需要が上回っているし、業務用にもオフィスビルのように企業用の需要が含まれているから、企業の需要量が家庭よりも大きく、全需要量の3分の1に満たない家庭用の消費を抑制すれば電力供給目標を高くしなくてよいという主張の根拠は不明だ。産業部門が成長すれば電力供給量の増加は必須だ。
次に破綻しているのは、電力料金に関する主張だ。著者は「コストに占める電力料金などのエネルギーコストは随分小さくなっているので、電力料金の値上げがコスト圧迫要因となって日本の産業企業の競争力を阻害するという主張にはあまり説得力はありません」としている。間違いだ。
まず、コストに占める割合が小さいから産業の競争力に大きな影響がないという主張は論理的に飛躍している。コストの割合が小さくても上昇率が大きければ、利益と競争力には大きな影響を与える。家庭用主体の電灯料金、産業用・業務用の電力料金の推移を図-4に示した。10年度から13年度にかけ、電灯料金は19%、電力料金は32%上昇した。業務部門を除いても産業界の負担は1兆4000億円以上増加している。この大半は製造業の負担増だ。製造業の12年度の純利益額は6兆6,700億円だ。電力料金の上昇が産業の競争力を大きく阻害しているのは明らかだ。
さらに、「電気料金の値上げ幅はもっと大きくしなければなりません」と主張している。家庭で節約により消費量が削減されるので、その分値上げしてもよいとの主張だ。また、高い電気料金で再エネも促進されるとしている。著者は、節約余地がなく必需品の電気を使わざるを得ない弱者が世の中に多くいることは気にならないようだ。電気料金の上昇は交通費、スーパーの商品などの値上げを招くことも気にならないようだ。「電力会社の高すぎる役員賞与や給与水準、高すぎる配当とも」指摘しているが、その指摘の根拠は全く分からない。企業規模からして不当な水準にあるのだろうか。また、コストに占める比率が10%にも満たないことについては無論言及はない。
原子力が嫌いな朝日の新書らしく、「廃炉費用などを含めたトータルのコストが計算されていない」として「産業企業の安価な電力要求を満たすことと原子力発電の再稼働は論理的にも整合性はありません」と主張しているが、著者はサンクコストという概念を知らないのだろうか。既に支出されている費用は使われたものであり、将来のコストの判断には関係しない。また、廃炉の費用は再稼働とは関係なくいずれ必要だ。再稼働の判断には再稼働に関係するコストだけを考えればよい。だとすれば、再稼働し、今ある設備を利用するほうが、電気料金は間違いなく安くなる。
データを示さずに議論をし、エネルギー、電力問題に詳しくない読者を騙すような書籍が、なぜこれほど多いのだろうか。著者も編集者も、データをよく読み、真摯にエネルギー問題を考えて欲しい。エネルギー政策は経済に直結している。