英国で考えるエネルギー環境問題
「転向者」との会話
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
以下、スティーフン・ティンダールとの対話のポイントを紹介したい。
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- 自分が原発支持に転じたのは、温暖化の進展によりシベリアの永久凍土がとけ、メタンが発生したらもはや手がつけられないということだった。
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- 2006年当時、自分は英国グリーンピースの事務局長だったが、グリーンピース・インターナショナルはトップダウンの組織であり、特に反原発が尖鋭なドイツのグリーンピースの影響力が強い。グリーンピースの事務局長のポストにとどまりながら原発推進を主張することはできない。このため、グリーンピースから離れることとした。
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- ドイツの反原発は宗教のようなもので、原発の話をすると必ず感情的なやり取りになってしまう。メルケル首相は物理学を専攻し、自身も環境大臣として温暖化問題を担当した。福島事故以前は彼女も社民党・緑の党連立政権の脱原発路線を現実的な方向に戻そうとしていたが、福島事故でそれが不可能になった。
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- エネルギー政策は経済面、環境面、社会面の要請に応えるものでなければならない。石炭は資源量が潤沢であり、コストも安いため、経済面、社会面(特にエネルギー価格のaffordability の面)では優れたエネルギー源だが、環境面での問題が大きい。再生可能エネルギーは環境面で優れているが、間欠性の問題がある。エネルギー貯蔵技術のコストが格段に下がればよいが、それには長い時間がかかる。
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- ドイツの脱原発政策をモデルとすべきではない。既存の原発は既に投資された資産であり、使わない手はない。化石燃料火力を新設するよりもはるかに良い。ドイツでは脱原発の結果、石炭火力が増設されており、温室効果ガスが増大している。
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- これに比して英国の原子力政策ははるかに現実的だ。英国エネルギー気候変動省の科学顧問であるデビッド・マッカイは、電気自動車を普及させるためにも原子力が必要だと述べている。しかも保守党、労働党、自民党の三党で原子力導入に合意しており、政権交代によるリスクはない。
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- 国内のシェールガスも適切な規制レジームの下で開発を進めるべきだ。LNGは同じ天然ガスでもライフサイクルでのカーボン・フットプリントはシェールガスよりも高い。
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- (原発容認に転じたことで元のグリーンピースの仲間から非難されたかと聞いたところ)思ったほどではなかった。お互いの立場の違いを認め合おうということだ。今、英国の環境団体はグリーンピースもWWFもFriends of Earth も少なくとも反原発運動はやっていない。彼らは気候変動問題を非常に深刻に捉えており、石炭の方が気候変動にとって害が大きいと考えている。Friends of Earth の人と個人的に話をすると「反原発キャンペーンをやらないだけではなく、原発をサポートすることも必要」という人もいる。
この最後の部分は大きな驚きだった。反原発運動を自制する環境NGOなど、日本ではおよそ考えられないことだったからだ。スティーフン・ティンダール、マーク・ライナース両方に「英国以外の欧州諸国で同様の動きはあるのですか。あるいは貴方がたのように反原発から原発支持に転じた著名人はいますか」と聞いてみたところ、彼らは笑って首をふりながら「アングロサクソン特有の現象のようだね」と応えた(そういえば「パンドラの約束」の製作者、出演者は監督のロバート・ストーンを初め、皆アングロサクソンである)。
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