環境と経済が両立に向かう『土壌汚染対策』とは(その4)

法制化10年経過後の課題①


株式会社FINEV(ファインブ)代表取締役

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 当初の土壌汚染対策法が施行されてから11年、2010年4月の改正法施行からから4年経過し、国内の土壌汚染対策に関する課題が顕在化しつつあります。
 土壌汚染問題の大きな課題は、(1)軽微な土壌汚染に対しても過大な費用をかけた対策が講じられていること、(2)土壌汚染の調査や対策が講じられているのは、不動産取引等の対象になるわずかな土地のみであり、深刻な汚染の把握や管理が進んでいないことが挙げられます。

≪軽微な土壌汚染にも、過度にコストのかかる規制構造≫

 ここではまず、(1)の軽微な土壌汚染に対して過大な費用をかけた対策が講じられている現状を紹介したいと思います。

 第一は、自然由来の有害物質による土壌汚染の取り扱いです。

 2010年の改正土壌汚染対策法施行以降、これまで対象外とされていた自然由来の土壌汚染も土壌汚染対策法の対象とすることになりました。
 日本は火山国であり、火山から生じた鉱物等を由来とする自然由来の土壌汚染が広い範囲に分布しています。たとえば、関東平野をはじめ、平野を構成する地層にはヒ素が含まれることが知られています。これらの土壌を土地の造成に用いているケースも多くあります。
 改正された土壌汚染対策法では、自然由来の土壌汚染を、人的由来の土壌汚染と同様に土壌汚染のある“指定区域”とするようになり、その土地での掘削工事や土壌搬出に関する規制等が加えられるようになりました。このため、多額の費用をかけて自然由来の土壌汚染の除去工事が行われている事例も見られます。さらに、基準を超えた土壌汚染がある土地と認定されることにより、その土地を活用しようとする人などへ必要以上の不安を与える原因にもなっています。
 自然由来の土壌汚染は、歴史的にもその地域に広く存在しているものです。このため、土壌汚染の調査を実施した一部の土地だけを除去する合理性が少ないため、諸外国でも人的由来の土壌汚染と区別して取り扱われています。具体的には、自然由来の土壌汚染については、地域別に一定レベルまで、バックグラウンド・レベルとして許容されています。健康影響がほとんどない軽微な汚染について、費用をかけて対策を講じる必要性は乏しいという考え方は、国際的に広く受け入れられています。

 第二は、形質変更時要届出区域内での工事の施工方法の過度な規制です。

 改正法により、基準を超えた土壌汚染が存在するものの、汚染の除去等の措置が不要な区域として形質変更時要届出区域が定められました。形質変更時要届出区域とは、周辺での地下水の飲用利用等がないため、健康被害のおそれがないと判断された土地です。
 しかしながら、この区域内で形質変更を行う際には、帯水層への影響が無いように施工することが求められています。例えば、地中に壁を作り地下水を揚水しながら工事する必要があるなど、通常の工事と比べ多額の費用を要する状況になっています。
 周辺での地下水飲用等がないため、健康被害のおそれがないと認定した土地についても、重層的に工事に関する規制を課している状況となっています。

≪土地の利用方法に関わらず一律基準を適用することに伴う経済的負担≫

 さらに日本の土壌汚染対策法の根本的な課題として、国際的な規制動向と乖離し、土地利用に関わらず一律基準が適用されていることが挙げられます。

 土壌汚染の健康被害は、土地固有の土質、地勢、土地利用、天候、汚染物質の性質、汚染濃度等多数の要因によるものです。また、長期間にわたり、人が直接土壌を摂取したという事例は少なく、特に地下水汚染を伴わない土壌汚染と健康被害の因果関係は、国際的な研究においても明確に解明されていません。
 欧州委員会の最新の研究では『リスクを評価するために、土壌の個別環境要因と人的活動を踏まえて、サイト別のアプローチをとる必要がなぜ重要かなのかを理解することが重要』(2013年) としています。サイト別のアプローチとは、土地固有の要素や土地利用方法を考慮した規制を行うアプローチで、日本の一律基準とは異なります。
 また、欧州委員会では、『(一律基準の)スクリーニングによるリスク評価は、保守的な見方をするため、通常リスクを過大に見積もる。土壌のタイプや特性、天候、土地利用、人の行動パターンやバックグランド受容などを総合的に判断すると、サイト別のリスク評価は、スクリーニングによるリスク評価の保守的な側面が緩和され、一律の基準よりも緩和された結果となる。この意味は、同じレベルの保護を行おうとする場合、一律のリスク基準よりも、サイト別のリスク評価のほうが緩和基準になることを意味している。』(2007年) と明記しています。
 すなわち、日本のような一律の基準は、リスク評価に基づく基準よりも、保守的でリスクを過大に評価しているといえるのです。
 こうしたサイト別、あるいは土地の利用方法別に土壌汚染の環境基準を設定する考え方は欧州だけでなく、北米やオセアニア、アジア各国等、多くの国で採用されています。
 最も一般的には、住居用の土地と、産業・商業用の土地における土壌汚染基準を分類し、住居用地に比べて産業・商業用地に緩和基準が設定されます。香港のように、日本の都市部と同様に高層住宅が多い地域では、住居用基準にも戸建てと高層住宅を分類している地域もあります。表層が舗装している都市部の高層住宅では、土壌汚染から健康被害が生じることはほとんどないためです。

≪他の環境面等の負荷を考慮した浄化手法≫

 軽微な汚染や健康被害の無い自然由来の土壌汚染について、土壌を掘削・搬出し、オフサイトの処理場に処分することは、その運搬に係るエネルギーや工事に伴う騒音、振動等、他の環境配慮を踏まえたライフサイクルでの環境負荷を高めることにもつながります。
 アメリカや欧州では、土壌・地下水浄化対策においてもエネルギー消費や温室効果ガス、生態系や地域社会への影響を配慮したサステナブル浄化、グリーン浄化という考え方が推奨されており、その中で掘削除去は最も環境負荷が高い方法であることが多くなっています。
 深刻な汚染については、掘削除去が必要な場合もありますが、軽微な汚染に対して掘削除去を多用することは環境全体への配慮の点からも配慮が必要になっていると考えられます。

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