小泉改革と原発ゼロ論
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
12年前、多くの国民は小泉改革を支持した。小泉改革の旗印は、01年の所信表明演説に引用された「米百俵の故事」が示すように、「痛みを我慢すれば明るい将来がある」だった。しかし、その成果は結局得られなかった。
実質国内総生産(GDP)は小泉時代の5年間に、輸出増をテコに7.5%成長したものの、名目GDPは全く伸びていない。デフレが止まらなかったためだ。97年にピークを打った平均給与の下落も止まることはなかった。デフレ経済の下では、企業も家計も投資、消費を先延ばしすることにより利益を得ることができる。消費と投資を低迷させるデフレは、景気回復には大きな足かせになった。
この日本経済の問題を鋭く見抜いたプリンストン大学のポール・クルグーマン教授は98年から「インフレターゲットしか日本経済回復の道はない」とし、アベノミクスの裏付けとなる理論を打ち出していた。また、01年の7月には「今の日本経済の問題解決策は構造改革ではなく需要創出だ」と、小泉改革を批判したコラムをニューヨークタイムズ紙に書いた。そのコラムの要旨は本文の最後に掲載してある。クルーグマン教授の指摘は、改革は現時点では最も重要ではないにもかかわらず、それを小泉改革は打ち出しているというものだった。
最近注目されている小泉元首相の「原発ゼロ」発言も、当時の小泉改革のスローガンに近いものがある。小泉元首相は原発の廃棄物処理ができないことを理由に、原発ゼロを主張している。しかし、原発の問題で最も重要なことは廃棄物処理だろうか。重要なことは、他にもある。エネルギー安全保障、エネルギーコストはもっと重要だ。
73年の第一次オイルショックの時点で、日本の一次エネルギー消費の75%を占めた原油の比率はいま40%にまで下がった。しかし、中東に依存する構造は変わっていない。いま原油の85%、液化天然ガスの30%を中東に依存している。結果として、日本の一次エネルギーの中東依存率は40%にも達する。
欧米との比較では、日本の中東依存率は極めて高い。米国は、いま原油の約20%を中東に依存している。そのためもあり、中東地域の安定には関心を持っている。しかし、シェール革命により米国の中東依存率はやがてゼロになり、イスラエル問題以外への関心は低下することになる。米国不在となり、中東のリスクが上昇した時に、日本が原子力を持っていないとすれば、日本のエネルギー安全保障は極めて脆弱になる。
原発停止によるコスト上昇に加え、再エネの導入増による電気料金の上昇もある。原発停止による燃料購入費の上昇分は、今年度3兆8000億円だ。
さらに、小泉元首相は、満州を失っても日本経済は大きな成長をすることができたことを引用し、日本の技術力を再生可能エネルギーにつぎ込めば、再エネが原発に代わる発電を担うことができると主張している。
原発を代替するほどの量を原発並みのコストで発電可能な再エネ開発には、画期的な技術が必要だが、そうであればその力を原子力の技術開発につぎ込むべきだ。日本企業は世界の原子力技術をリードしている。世界の原発は今432基、さらに建設中70基、計画中が173基ある。日本が原発を止めても、これらの原発からも廃棄物は出てくる。その処理について研究することも日本企業の責任ではないか。
他にも原発関係の新技術はある。マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツが私財数十億ドルを投入しているTWRと呼ばれる新型子炉は、いまの軽水炉からの廃棄物を利用し発電を行う。実験炉には東芝が協力していると報道されている。廃棄物が大きな問題と思うのであれば、この技術開発に注力すればよい。なぜ、問題が未来永劫解決できないと思うのだろうか。
安全保障など、原子力を取り巻く重要な問題については、PHP研究所の月刊誌「VOICE」の12月号に論考が掲載される予定なので、それも併せてお読み戴ければ幸甚です。
2001年7月6日ニューヨークタイムズ紙「向う見ずな行動
小泉首相は野心的な「構造改革」路線を続けている、改革の成果が得られるまでの数年間は痛みが伴うと首相は警告しているが、依然高い支持を得ている。しかし、この構造改革が意味するところについては、疑問がわき上がる。構造改革は主に「銀行の不良債権処理」と「非効率で腐敗の温床にすらなっている公共事業の削減」の二つを意味しているようだ。これは全く正しいが、問題がある。今日本のここにある危機は非効率ではなく、不十分な需要だ。即ち目前の日本の問題は資源を効率的に活用しているかではなく、持てる資源を活用していないことにある。小泉改革はこのたちまちの問題を更に悪化させる可能性が高い。銀行による企業倒産、公共事業の打ち切りは失業を増やし、物は売れなくなる。小泉内閣の経済政策を作っている竹中大臣に景気回復の展望はどこにあるか尋ねてみた。日本の問題は需要サイドにあるが、政策は日本経済をさらに効率化する供給サイドにあると大臣は認めていた。大臣は最終的に改革が需要サイドも改善すると主張していた。長期的な景気の展望が改善すれば財布の紐が緩むし、主に自由化と民営化による更なる構造改革で新規ビジネスと投資が刺激されると言うのだ。そうかもしれない。しかし、これは無謀だ。過激な政策はそれがうまくいくとの確信があって取られるものではない、ひょっとするとうまくいくかもしれないとの思いで実行されるものだ。日本銀行の支援があれば成功の可能性は大きくなるが、日銀は小泉首相には反対のようだ。小泉首相は成功するだろうか。そう願うが、私はこの改革によい気持ちは抱いていない。小泉政権のスローガンは「改革か破滅か」だが、結果は「改革そして破滅」になる可能性は高い。