需要側のスマート化で計画停電を防げるか


Policy study group for electric power industry reform

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 2011年3月11日に発生した震災直後の計画停電と同年夏に実施された電力使用制限は、わが国の電力システムのあり方に疑問を投げかけ、今回の電力システム改革のきっかけとなった。2012年7月に政府が公表した「電力システム改革の基本方針」では「電力使用制限や計画停電などの強制措置ではなく、価格シグナルが働き、市場で需給が調整されるシステムへと転換する。」とされているが、その後の電力システム改革専門委員会ではむしろ発送電の法的分離が論点として大きく取り上げられ、計画停電など強制措置の回避策については、価格シグナルや市場の活用という以上に議論が深まることはなかった。
 この問題はこれから開始される詳細検討でも取り上げられると思われるので、ここで簡単に考察してみたい。

1.需給バランスと計画停電

 「日本の停電時間が短いのはなぜか」で解説した通り、電力システムでは瞬時瞬時の需要と供給を一致させる必要があり、需給バランスが大きく崩れるとシステム内の安全装置が働いて需給ギャップに応じた規模の広域停電が発生する。
 常時の電力システムの運用では、この安全装置を出来る限り働かせないように運用するため、発電設備の不調や需要の急増など予期せぬ需給変動に備えて、あらかじめ一定の余力すなわち運転予備力を確保して備えている。リアルタイムの運用では、需要規模の3%程度注1)の運転予備力が必要とされている。
 また、安全装置による停電はいつ、どこで、どのくらいの規模で発生するか、そしていつ復旧するかを予測できないため、国民生活や企業活動への影響が大きい。そのため、供給力不足があらかじめ明らかで必要な運転予備力が確保できないと見込まれる場合には、計画的な停電(欧米など海外では輪番停電と言われる方が一般的)が行われる。

2.リアルタイムの需給バランス維持のためのデマンドサイドの調整

 電気のリアルタイム市場における需要と供給のバランス例を図1に示した。図1では供給側(発電)については、系統運用者が給電指令を出すメリットオーダー(発電量増加に対する限界価格の安い順番)にしたがって供給曲線を描いており注2)、また需要曲線についてはリアルタイムでは系統運用者が需要を調整しないため垂直になる。図1は最大発電能力に近いところに、需給の均衡点Aがあり適正な運転予備率が確保されていない例を示したものである。この状態で何らかの理由により需給バランスの崩れがあると、需要と供給が均衡しなくなり安全装置による広域的な停電が生じるので、通常はこのような運転状態は許容されない。
 ところが系統運用者がリアルタイム市場の価格シグナルによって需要側を高速に調整できると仮定すると、図2に示した通り需要曲線は右下がりとなるので、適正な運転予備率を満たした均衡点Bでの需給均衡が可能になる。この時の需要曲線を積分したものが、需要側で電気の使用量を抑制することによる機会費用すなわち停電コストに相当すると考えられる。しかしそれは個々の経済主体の停電コストの単純な合算値となり、大規模停電による外部不経済(たとえば交通システムが止まったことによる影響など)を考慮すれば、社会全体の停電コストはもっと大きくなると思われる。

図1. リアルタイム市場での需給均衡
図2. 高速なデマンドレスポンスを考慮したリアルタイム市場の需給均衡

 もし系統運用者による需要側のリアルタイム調整(いわゆる高速デマンドレスポンス)が可能になれば、需給がタイトな場合でも必要な運転予備率が確保され、計画停電が発動されにくくなる。また、このような調整可能な需要が十分にあれば、需給ギャップが拡大しても必要な運転予備率を確保する需給均衡点を見出せるようになり、極論すれば計画停電が不要になる。もちろん図2に示したとおり、需要を抑制するほどリアルタイムの需給均衡をはかるための市場価格(リアルタイム市場価格)は上昇していく。

注1)
最大の発電ユニットの容量が需要規模の3%を上回るときは、その発電ユニットの不調が生じるリスクを考慮して、最大ユニット以上の運転予備力が必要になる。
注2)
実際の発電機へのリアルタイムの指令では、発電機の出力変化速度や燃料制約などにより、単純なメリットオーダー通りとならないケースがほとんどだが、本稿では簡単のためにメリットオーダー通りに調整するものと想定する。

3.デマンドレスポンスの課題

 前述の通り、系統運用者がリアルタイム市場で発電所に出力増加の指令を出すのと同じように、需要側に使用抑制の指令を出せるようになれば、計画停電は不要になるだろう。しかしその実現にあたっては、主に2つの課題があると考えられる。
 最初の課題は、系統運用者から需要をどのようにリアルタイムに調整するのかという技術的課題だ。例えば火力発電所と同程度の調整速度で調整するのであれば、系統運用者が需要抑制を指令してから数分~数十分の間に需要が抑制できなければならないから、当然、需要家への電話連絡などでは無理であり、ICTを活用した自動的な需要調整(いわゆるAutomated Demand Response: ADR)が必要となるだろう。
 図3には将来のADRの枠組みのイメージを示した。需要家側にはHEMSやBEMSなどの何らかのエネルギー管理システム(xEMS)が導入され、xEMSに対して系統運用者からの需要抑制指令が届くとxEMSが需要家機器の電力使用の抑制を行うことが想定されている。図3に示したように、系統運用者(送配電会社)からのDR信号は、小売り会社やアグリゲータを経由してインターネットなどの公衆網で送られることもあれば、送配電会社が有するスマートメーターの通信インフラを使って送られることも考えられる。

図3. 将来の自動デマンドレスポンス(ADR)の枠組みのイメージ

 これらの通信ルートを使ってリアルタイムでの需要調整を行う場合、それぞれの情報ルートにおいて、どの程度のリアルタイム性が確保できるか、また通信ネットワークが必要なセキュリティレベルが確保できるのかが課題になってくると考えられる。
 もう一つの課題は、リアルタイムで調整可能な需要の量には上限があると考えられることだ。図4に示したようにその量が限定的ならば、需給ギャップの大きさ次第によっては運転予備力が確保できないことになる。

図4 リアルタイムでの需要調整力が不足する場合の需給均衡点

 こういった場合、リアルタイムでの需要調整ではなく、一日前など事前に通告があれば、需要側の予見性が高まることから、より少ないコストで需要を調整できる余地が拡大する。したがって前日段階で翌日の需給逼迫が予想される場合には、前日から当日にかけて事前の需要調整(スローなデマンドレスポンス)を行って需要を抑制することで、必要な運転予備力を確保することが考えられる。ただし、前日段階では需要想定の誤差が大きくなるため、安全をみて実際よりも余分な需要抑制が必要になるだろう。
 また、前日段階でのデマンドレスポンスを通告するのであれば、図3に示した通信ルートは、比較的ゆっくりしたものでよくなると考えられる。

4.それでも需給ギャップが埋まらない場合

 リアルタイムのデマンドレスポンスや、前日段階でのデマンドレスポンスを活用して、必要な運転予備力が確保できるならば、計画停電は必要なくなる。しかしそれでも、需給ギャップが大きすぎる場合には、そのギャップを埋めるためにはやはり計画停電が必要になるだろうか。
 東京電力が震災後に実施した計画停電では変電所の区画単位で一斉に停電が行われたが、今後設置されるスマートメーターやHEMSを有効に活用すれば、需要をその重要度に応じて遮断していくことが可能となる。例えば、スマートメーターの電流制限機能(契約アンペア変更に利用される)とHEMSを連動させると、需要家の優先順位にそって、テレビは止めても特定の部屋のエアコンだけは動かす等も可能になる。実際にそのような技術を確立するため、経済産業省の補助により早稲田大学で実証事業が進められつつある(図5)。

図5. スマートメーターとHEMSの連携による需要制限[3]

 米国では需給逼迫時などに系統運用者が系統電圧を低下させて、エリア内の需要を減らすことをブラウンアウトと言って停電(ブラックアウト)とは区別している。普及の進むスマートメーターを考慮し、計画停電ではなくいわば計画的なブラウンアウトを行うことで、需給ギャップを埋めていくことが考えられるのではないだろうか。具体的には需給ギャップの大きさに応じ、スマートメーターに設定されている契約電力を縮小していくのである。この仕組みとHEMSを連動させれば、需要家ごとに設定した優先順位にしたがって宅内で重要性の少ない需要から抑制していくことができる。結果として、大震災による大規模電源停止事故など大規模なリスクが発生した際の社会への影響を局限することが期待できる。また、特定の小売事業者(需給バランスを崩している事業者)と契約している需要家だけ需要抑制を行うといった方法も可能となると思われる。
 高信頼度を誇った日本の電力システムも、震災後の首都圏における計画停電の実施により強い批判にさらされたが、スマートメーターなどの新しい技術を駆使して、東日本大震災時点よりも進化した世界トップレベルの電力システムを低コストで築いていくことが重要ではないだろうか。また、こういった取り組みは特定エリアだけではなく全国的に行うことが望ましいから、広域機関とエリアの系統運用者の密接な協働が必要だ。たとえば、需給逼迫度合いに応じて各エリアの系統運用者がとるべきアクションを広域機関が全国共通のルールとして定め、各エリアの予備力を広域機関が全国でプールしてエリア間の融通量を調整し、計画的なブラウンアウトが生じる機会を最小化するようなコンティンジェンシー・プランを策定することなどが考えられるだろう。

<文献>
 
[1]
経済産業省:「電力システム改革の基本方針」、平成24年7月、
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denryoku_system_kaikaku/pdf/report_001_00.pdf
[2]
経済産業省:「電力システム改革専門委員会報告書」、平成25年2月、
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denryoku_system_kaikaku/pdf/report_002_01.pdf
[3]
林泰弘:「早稲田大学EMS 新宿実証センター」、平成24年11月、
http://www.hayashilab.sci.waseda.ac.jp/RIANT/WEMS.pdf

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