原発を止めたいと思うなら再生可能エネルギー導入を叫んではいけない
久保田 宏
東京工業大学名誉教授
原発代替の再エネ電力の利用では、国民の経済的負担はもっと大きくなる
いま、原発を止めさせたいと願う人々の多くが、原発に代替できる電力は、再エネ以外にないと思い込まされているようである。これは、2010 年に改訂された「エネルギー基本計画」のなかで、原子力は国産エネルギーとして位置付けられているので、その代替は、国産エネルギーとしての自然エネルギー(国産の再生可能エネルギー、以下再エネと略記)以外にはないと決めつけているからではなかろうか? しかし、エネ研データ(文献2) の2012 年版以降に、原子力を含むエネルギーの自給率のデータがIEA(国際エネルギー機関)の統計データとして引用されているが、原子力を含まない場合の自給率 4.5 %のエネルギー小国日本が、原子力を含めて自給率19.5%(2010 年)になることにどれだけの意味があるのか疑問である。もし、いまの日本で、原子力を国産エネルギーとして利用することに意味があるとしたら、それは、この原発電力の使用分で、エネルギー資源としての化石燃料の輸入金額が節減でき、貿易収支の赤字に苦しむ日本にとっての経済的な利益になるからであろう。
しかし、この原発代替分の電力を、同じ国産エネルギーとされている再エネ電力で賄う場合には、話は変わってくる。例えば、後述の表3に示すように、現在の日本において再エネ電力の主体となっているメガソーラー(電力生産事業としての太陽光発電)について、その利用拡大のためのFIT制度を用いた場合の買取価格を37.8円/kWh(近く改訂される値)として、この値と現在の電力の主体を担っている火力発電の電力生産コストを 12 円/kWh として、このメガソーラーの発電量を再エネ電力の70 %、残りの30 % を他の再エネ電力で賄うと仮定し、後者の電力の買取価格を30 円/kWh として、2010 年度の原子力発電量 288,230百万kWhを賄うための再エネ電力生産での電気料金の値上げによる国民の負担金額を概算してみると、
- ( 288,230 ×106 kWh ) ×{{(37.8 – 12 )×0.7 +( 30 -12 )×0.3 } 円/kWh}
- = 6.76 兆円
となる。この金額は、エネルギーの自給率を上げるための設備投資だと見る向きもあるが、それは違う。実は、この国産の再エネ電力による輸入化石燃料の節約金額は、上記したように約2.43兆円であるから、国民が電力料金の負担分とその差額 4.33 ( 6.76 – 2.43 ) 兆円分を稼ぐことが必要になる。再エネ電力の生産のために必要なこの金額分を稼ぐには、そのためのエネルギー消費が必要になり、エネルギー資源としての化石燃料を余分に輸入しなければならないことになる。したがって、国内のエネルギー収支がその分マイナスになるとともに、貿易収支の赤字を増やすことになる。
FIT制度を利用した再エネ電力では、原発は止めることはできない
資源エネルギー庁により纏められたFIT制度の認定を受けた昨年7月から今年(2013年)2 月末までの再エネ発電設備の設備容量の値、および、この設備容量の値に、それぞれの再エネ種類別の年間平均設備利用率の違いを考慮して、上記 ( 1 ) 式を用いて計算した発電量の推定値(筆者による)を表3 に示した。一方、エネ研データ(文献2)から国がIEA (国際エネルギー機関)へ報告した2011 年(年度でない)時点での再エネ電力(原報に新エネとある)の設備容量の値、および、その値から表3 に示したと同様の方法で計算した(筆者による)発電量の推定値を表4 示した。
原発事故の起こる直前の2010年度の原子力発電量288,230 百万kWhから、表4に示した2011年(年度でないが)の新エネ(再エネでないが)発電量の推定値 13,712 百万kWhを差し引いた274,518 百万kWhを基にして、表3 に示した2012 年度に FIT 制度の認定を受けた新設再エネ発電設備の発電量の推定計算値1,185 万kWh(8ヶ月間)の値を用い、今後も、この比率で発電量が増加すると仮定した時に、多少の誤差を覚悟して再エネ電力で原発電力を賄うことができるようになるまでの年数を概算してみると、
{ ( 274,518 百万kWh ) / ( 1,185 百万kWh / 年) }×( 8 / 12 ) = 154 年
となる。これでは、とてもFIT 制度による再エネ電力による原発電力の代替は期待できない。しかし、表3 に示すように、今年(2013 年)2月末までにFIT 制度の認定を受けた設備容量が1,305.9 万kWとあるので、この値から、上記と同様にして、各再エネ設備の設備利用率を考慮した発電量の推定値(8ヶ月)を求めて、今後もこの比率で設備が増加すると仮定して、再エネ電力で原発電力を賄うことができるようになる年数を求めてみると、約15 年と計算される。大幅な短縮が期待できるが、「今日」問題になっている原発電力の代替には、当分、間に合いそうにない。
さらに、現在、FIT 制度の認定を受けている再エネ設備の主体を、設備利用率の値の小さい太陽光発電が担っていることに注意する必要がある。再生可能エネルギーの導入ポテンシャルについて調査した環境省の報告書(文献4)のデータを基に推算した結果(筆者による)では、国土の狭い日本での導入可能な太陽光発電設備の発電量は、原子力発電量の 33 % 程度しか賄うことができないとされている (文献1)。一方、同報告書から大きな導入可能量を持つと期待される風力では、発電の適地が北海道や東北地方の北西海岸に集中するため、発生電力を大口需要地まで輸送するための大幅な送電網の整備が必要になり、現状の需要には間に合わない。また、地熱や、中小水力でも、その導入可能量が予想外に小さいことも示される。この環境省の調査は、再エネの導入可能量が発電量に換算した値で示されていないだけでなく、原発事故以前に行われたために、FIT制度の検討資料とするとしながらも、上記したような現状での原発代替としての導入の厳しい量的な制約があることを指摘することができないまま、その存在すら無視されている。すなわち、行政の縦割りシステムの関係もあり、経産省主導で、原発事故後、原発代替としての再エネ電力の生産目的を変え、その発電量に換算した導入可能量の定量的事前評価が一切行わないままに緊急に法案化・施行されたのが現行のFIT 制度である。結果として、原発代替電力の不足分を高価な石油やLNG に頼りながら、電力料金の値上げで国民に経済的な負担を強いる不条理な再エネ電力推進のエネルギー政策が継続されている。
この政策が、いずれ、破綻を招くことは明らかである。やがて、「国民の生活と産業を守るためには、原発の保持が必要だ」とする現政府の方針が支持されることになり、脱原発を訴えて、再エネ電力の利用拡大を叫んでいる人々の期待を大きく裏切ることになるであろう。にもかかわらず、脱原発を訴える科学者(文献 4)までもが、再エネを推進するためのFIT 制度の開始を“2012 年からいよいよFIT制度が適用され、日本は欧州並みの「再生可能エネルギー元年」を迎えます。固定価格が適当な水準に設定されれば、・・・・(再エネ電力の)導入のスピードはいままでの10倍以上が当面予想されますし・・・・”とした上で、“このFIT制度による再エネ電力の利用・普及が、新しい電力産業を興すための投資になり、この「新らたな電力産業」が、25 兆円にも上るとされるパチンコ(娯楽)産業に匹敵する産業に成長できる”とまで述べている。