容量市場設立に関わる技術的課題


Policy study group for electric power industry reform

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 政府の電力システム改革専門委員会の報告書は、電力市場を全面自由化した際に市場全体として適切な供給予備力を維持するための仕組み(以下では「容量メカニズム」)を提案しており、その大枠は以下の通りである。

小売事業者に予備力確保義務を課す
広域機関注1)が中長期的な需給見通しを集約して公表
将来発電することのできる能力を系統運用者、小売事業者等が取引する容量市場を創設
将来的な供給力不足を回避する最終手段として広域機関が電源建設者を公募入札

 容量メカニズムは今後の制度設計上の主要な課題の一つであるが、その議論にはある程度の技術的なバックグラウンドも必要になると思われるので、本稿ではそのポイントを紹介したい。

1 電力システムの特徴と予備力確保の必要性

 電力システム内の需要に対して供給力が不足すると、需給ギャップに応じて周波数が低下していくが、需給ギャップが一定以上に達すると、それ以上の周波数低下を防止する安全装置UFR(Under Frequency Relay)が作動し、広域的に需要を遮断しはじめる注2)
 想定需要ぎりぎりの発電設備しか稼働していなければ、需要変動や発電設備のトラブルなどの通常の変動要因によってUFRが作動して、部分的ではあるが長時間の広域停電を引き起こす可能性がある。したがって電力会社はあらかじめ想定される最大需要よりも多めな発電設備を自社所有あるいは他社と契約することによって確保している。
 UFRが作動して系統内に停電が発生する場合、どんな小売事業者と契約していようが停電となる可能性は変わらない。換言すれば一旦グリッドに接続されると、どの小売事業者から供給を受けていようと同じ信頼度になってしまうことになる注3)。これは通常の商品との大きな違いであり、フリーライドが生じやすいということでもある。
 自由化市場では余剰設備とも言える予備力を保有するインセンティブが働きにくくなるが、予備力を持たないフリーライダーが増えればシステム全体の予備率が小さくなって、予備力を保有している小売事業者の需要家も含めて供給信頼度が低下する。これを防止するため、市場で必要となる適正予備率をあらかじめ定め、当該予備率をどの小売事業者も確保するよう義務づけるという考え方が「予備力確保義務」である。もともと米国のPJMにおいて電力市場の自由化開始当初から制度化された仕組みとしても知られている。
 さて電力システム全体で確保すべき供給力は、

 (システム全体で確保すべき供給力)=(1+適正予備率)×(最大需要)

と表されるので、需要規模に比例して事業者毎に義務量を配分する場合、その義務量は次式で与えられる。

 (確保すべき義務量)
  =(1+適正予備率)×(最大需要への当該事業者の寄与分)・・・(1)

この義務量の過不足分を容量クレジットとして取引するのが容量市場である。(1)式から直ちに、以下の3つが課題であることがわかる。

 ① 適正予備率をどのように定めるのか
 ② 事業者毎の最大需要への寄与分をどのように定めるのか
 ③ 事業者が確保した供給力をどのように確認・評価するのか
 加えて、日本固有の事情として
 ④ 地域間連系線など送電制約を考慮した全国市場での必要予備率確保
 ⑤ 電源立地の長期のリードタイムへの対応

があげられるだろう。

注1)
先頃閣議決定された電気事業法改正案では、「広域的運営推進機関」とされているが、本稿では単に広域機関と呼称する。
注2)
UFRを作動させずに周波数低下を放置すると、発電機が順次運転を停止していき、さらに周波数が低下してエリア内の全系停電(ブラックアウト)が生じる。
注3)
スマートメーターが普及すれば、ある特定の小売事業者が需給バランスを崩したことが原因で、そのままでは系統全体でのUFR動作が避けられない場合、当該事業者の需要家のみをスマートメーターで選択的に需要制限してUFR動作を回避することが技術的には可能になる。

2 適正な予備率の設定方法

 予備率を大きく設定すれば供給信頼度は向上するが、稼働率の低い設備が増えて供給コストが増加する。それではどの程度の予備率が社会的に「適正」と考えられるだろうか。
 発電設備容量C[MW]の電源がn台接続された電力システムを想定する。全電源が稼働していればシステム内の供給力はnC[MW]であるが、発電設備はメンテナンス時以外にもトラブルにより停止することがある(これを計画外停止(forced outage)という)。すべての電源の計画外停止率がrであるとし、それらに相関がないと仮定すると、供給力がkC[MW](すなわちn台のうちk台が稼働、残りのn-k台が停止している状態)となる確率は、二項分布により

と表されることになるから、システム内の需要レベルLが発電機k台でちょうどまかなえるレベル(L=kC)である場合に、供給力が需要を下回って不足が生じる確率は、

と計算できる。電力システム工学ではこの確率をLOLP(Loss of Load Probability)と呼んでいる。
 実務上のLOLPの計算はこのように単純ではなく、電源毎のユニット容量・計画外停止率、地域間連系線の制約、出水による水力発電所の出力変動、外気温変化によるガスタービン出力の低下、需要レベルの時間変化、さらに確率的な需要変動など様々の需給変動要因をモデリングしたモンテカルロ・シミュレーションの実施を必要とする。
 LOLPを減らそうと思えば、需要レベルに対する発電設備量の余力、すなわち予備率(上記のモデルでは(n-k)/nに相当)を増やしていけば良いわけだが、多くの国ではLOLPが10年に1日程度の頻度に相当するレベルになるように予備率を設定することが普通であり、これを適正予備率と呼んでいる。
 わが国では需要の大きい1ヶ月間のLOLPが0.3日以下となるように適正予備率を設定してきたが、供給責任を負う一般電気事業者が自主的に設定してきた数値であるため、すべての小売事業者に予備力確保義務を設定する上では、必要なレベルについて社会的な合意形成が必要だろう。理論的には、予備率を小さくすることでの社会的損失(停電コスト)と、予備率を増やす場合に必要となる限界コストが均衡するように適正予備率を決められれば社会厚生を最大化できると考えられるが、停電コストの計量が容易ではないという課題がある。
 LOLPにより電力市場の適正予備率を設定しようとする場合、計算に必要となるすべてのデータ(電源毎の計画外停止状況など)は義務量の設定を行う組織(全国的な予備力管理を担うのが広域機関であるため広域機関が行うのが自然だろう)において管理される必要があることに注意を要する。
 また、新規電源の参入や退出(廃止)によりLOLPは年々少しずつ変わっていくので、PJMなど米国のISOでは毎年LOLPを計算しなおして、適正予備率の値を更新している(図1)。図1のようにPJMで適正予備率の値が自由化開始当初に顕著に減少しているのは、電源の計画外停止率が低下したためである(2000年時点の9.8%から現在では6%程度に低下)。容量メカニズムの制度設計が悪いと、後述するように意図的に電源を停止して市場価格をつり上げる行為が行われ畏れがあるが、PJMの制度設計では後述するとおり計画外停止率を考慮した供給力評価を行うことで容量メカニズムの欠陥によるゲーミングを回避しているものと見られる。

図1 PJMにおける適正予備率の推移

3 最大電力注4)に対する小売事業者の寄与分想定

 次に課題となるのは、電力システム内の最大電力に対する特定の小売事業者の寄与分をどのように想定するのかということである。これを何年か前からあらかじめ定めようとすることは、事業者の小売市場におけるシェアを事前に割り当てることに相当しているため、自由化市場では実施困難であることに留意する必要がある。このため、需要家による小売事業者変更の実績を反映した寄与分算定方法が必要となる。
 例えばD年度の最大需要に対する小売事業者の寄与分は以下の通り決めることが考えられる。

使用電力量の計量を行う送配電会社が、すべての需要家についてスマートメーターなどを用いて、(D-1)年度におけるシステム最大需要発生時の需要家の個別需要を算定。スマートメーターによる実績計量がない需要家については以下の対応が考えられる。
スマートメーター未設置(積算メーター設置)の需要家では、月間の使用電力量から、当該時間での需要を推定(プロファイリング)
新設需要家については契約電力・契約種別の同じ需要家の平均値により推定。
D年度のシステム最大需要想定値と(D-1)年度のシステム最大需要実績の比によって①で求めた(D-1)年度の実績(もしくは推定値)を補正し、すべての需要家についてD年度の最大需要への寄与分を確定(例:需要家Aの寄与分は1100kW など)。ここまでの準備はD年度開始前に終えておく。
D年度に入ってから毎月(あるいは日々)の需要家の異動を考慮し、月ごと(もしくは日ごと)に各小売事業者が供給する需要家すべてについて(2)の計算値を加算して、当該事業者の最大需要への寄与分を定める。

 この方法の難点はデマンドレスポンスのプログラムを適用する場合の需要削減効果が翌年度にならないと現れないことだが、その場合は例えば以下のような処理が考えられるだろう注5)

(i)
(D-1)年度最大需要発生時の当該需要家の寄与分(ベースライン)を算定。以下では例えばベースラインを400kWと仮定。
(ii)
D年度の最大需要発生時の当該需要家の寄与分をデマンドレスポンスにより320kW(=400-80)まで削減する見込みである場合、ベースラインからの削減分のkWを小売事業者の供給予備力としてカウント。
(iii)
D年度の実需給上、予備率が一定以下となる際には広域機関の判断によりデマンドレスポンスを発動できることとし、広域機関の指令に基づき小売事業者が当該時間帯の需要家の最大電力を320kW以下に抑制。
(iv)
仮に当該時間帯に需要が320kWを超えた場合は、超過分に対しペナルティを課す。

4 小売事業者毎の確保供給力の評価

 予備力確保義務の履行状態を確認するためには、小売事業者が確保した供給力を適切に評価する仕組みが必要だ。その際に最も留意すべきなのは計画外停止率が非常に高い発電設備や出力の安定しない再生可能エネルギーによって供給を行う小売事業者Bと、計画外停止率の低い発電設備で供給する小売事業者Cが確保している発電設備容量合計の名目上の数字が仮に同じであったとしても、供給信頼度への寄与(すなわち供給力としての価値)は全く異なっていることである。
 また電力市場の自由化後、カリフォルニア州やニューヨーク州では意図的に電源を計画外停止させて需給がタイトな状況を作り出すことで、卸市場価格を高騰させて利益を拡大するという発電事業者の行為が問題視された注6)。こういった行為を防止する観点からも、計画外停止率の高い電源は供給力としての評価を低くするなどの工夫が要る。以下はPJMやルール改正後のニューヨークISOなどで用いられている手法の例である。

電源ユニット毎の計画外停止率rを把握する注7)
PJMなどでは電源ユニットの稼働データベースで全電源の計画外停止率を管理。
新規ユニットについては、同種・同容量のユニットの平均値を用いる。
ユニットの設備容量と(1-r)を掛け合わせたものを実質容量(Unforced Capacity)と定義。小売事業者が確保したすべての電源について実質容量を加算して、小売事業者が確保した実質供給力UCAPとする。
また(1)式で定められる当該小売事業者の設備容量確保義務量(ICAP)を以下のように補正して、各小売事業者のUCAP義務量を定める。ただしEFORdはシステム全体での平均等価計画外停止率である。
        UCAP義務量=ICAP義務量×(1-EFORd)
各小売事業者の実質供給力が上記の割当量を上回るかどうかによって、予備力確保義務が履行されていることが確認される。また各小売事業者が上記のUCAP義務を満たせば、システム全体での適正予備率が確保されていることになる。

 この方法を採用することで、計画外停止率の高いユニットほど、その供給力としての価値が割り引かれることになるため、PJMやニューヨークISOでは発電事業者が計画外停止率を低く維持するインセンティブになっているとしている。一方、図1で2005年以降の適正予備率の水準がほぼ一定となっていることからわかる通り、2005年以降にはPJM内の電源の計画外停止率はほぼ6%程度の水準に落ち着いている。これは日本における火力発電の計画外停止率実績2.3%に比べて未だ高い水準であるため、技術的な下限に達してきたというよりも、メンテナンス費用や供給力価値低下などを総合した発電事業者の経済性の観点から、一定の水準に収斂してきたものと推定される。
 なお、再生可能エネルギーの供給力の価値としての評価については、政府の需給検証小委員会で議論されている。例えば太陽光発電については、過去20年の日射量測定実績(アメダスデータ)から、各月3日の最大需要日における太陽光発電出力を推定し(60サンプル)、太陽光発電出力の下位10日分の平均をとる方法が提案されている。再生可能エネルギーの供給力としての価値の評価は、政府が行っているこれらの議論をベースに設定されることになると考えられる。

注4)
本稿では設備計画上の基準としては、年間の最大需要ではなく最大3日平均値を用いる。
注5)
ペナルティによる契約不履行へのディスインセンティブだけで、デマンドレスポンスが確実に行われない可能性がある。より確実度を高めるためには、スマートメーターの電流制限機能を利用して需要抑制を行うことも考えられる。
注6)
米国ではこの市場操作をPhysical Withholdingと呼ぶ。
注7)
実際にはユニットの稼働・停止だけでなく、トラブルによる出力低下運転なども考慮した等価計画外停止率EFORd(Equivalent Forced Outage Rate Demand)を用いる。

5 地域間連系線送電容量などの系統制約

 今回の電力システム改革における広域機関の設立にともない、従来以上に需給バランスは全国単位で扱うようになるものと考えられる。といっても特定の地域間連系線が隘路になる可能性は高いため、隘路の存在(系統制約)を考慮した信頼度評価と予備率の設定が必要である。
 PJMでの仕組みは以下の通りである。将来時点の信頼度評価を行う際には、需要の拡大に応じて、各エリア毎に比例配分で需要と供給力(計画中の電源も含む)を増加させることになるが、もともとエリア内の電源が少ないエリア(図2)では需要増により連系線送電容量不足による送電制約が発生しうる。

図2.送電制約の生じるケース

 図2のような送電制約の発生が見込まれる場合には、送電容量を増強するというオプションもあるが、増強しない場合(あるいは増強されるまでの期間)は、当該ゾーンへの送電容量上限を考慮して一定以上の供給力は当該ゾーン内に確保することが必要となってくる。このような場合には容量市場もゾーン別で運営することになる(結果として当該ゾーン内の将来の容量価格が上昇して電源立地へのインセンティブとなると考えられる)。
 なお最大需要発生時の電力融通分は、LOLP計算で考慮するような需給変動によって増加する可能性があるため、PJMでは最大需要発生時点での融通量の1.15倍までの送電容量があるかどうかを制約の判断基準としている。

6 長期の電源建設リードタイム

 PJMが運用する容量市場(RPM)は3年先渡市場となっている。PJMの供給エリアでは天然ガスパイプラインが整備されているため3年程度で電源建設が可能であると言われており、市場参加者は容量市場の結果により電源建設を判断していると考えられる。他方、わが国では大規模な電源開発(新規立地)には10年程度のリードタイムを要するため、3年先渡市場で落札してから電源開発を行っても間に合わない。それでは容量市場を10年先渡市場にすれば良いだろうか。
 仮に10年先渡容量市場を運営する際には、10年後の需要想定が必要となるが、その精度にはおのずと限界がある。10年先渡容量市場で落札した電源が計画通りに運転開始しても、その時点では供給力が余剰あるいは不足になっている可能性が高い。このような長期需要想定の不確定性に対しては、電力会社が新規立地地点や増設地点など電源開発の準備を進めながら、需要想定を見直し、それにあわせて計画を前倒ししたり繰り延べるなどの運転開始時期の調整を行って、設備投資が過大(あるいは不足)とならないようなフレキシビリティを確保していた。
 したがって容量市場として長期先渡市場を設ける場合、容量クレジットの買い手(系統運用者の場合と小売事業者の場合がある)が電源の運転開始時期を調整できるオプションを有するような制度設計が必要となるのではないか。例えば容量クレジットの調達開始年を現時点から7年~13年後とするなど一定の幅を設けておき(コールオプションで言えば権利行使期間に相当)、その範囲であれば買い手の都合により調達開始年を変更できるといったスキームを考える必要がありそうだ。

 以上、予備力確保義務や容量市場を理解する上で必要となると思われる主な論点をいくつか紹介した。これ以外にも検討すべき論点はまだ多く残されていると考えられるので、稿を改めて紹介したい。PJMやニューヨークISOでは、予備力確保義務や容量市場の仕組みを市場参加者が理解しなくてはならないため、その研修資料だけでも膨大である。わが国でも全面自由化にあわせて、このようなルールが数多く整備されていくことになるだろうが、十分な理解活動や研修プログラムの整備などが課題となるであろうことも指摘しておきたい。

<参考文献>
Market Analytics: “Capacity in the PJM Market”, 2012年8月
http://www.pjm.com/~/media/documents/reports/20120820-imm-and-pjm-capacity-whitepapers.ashx

PJM: “2010 PJM Reserve Requirement Study”, 2010年9月
http://www.pjm.com/~/media/documents/reports/2010-pjm-reserve-requirement-study.ashx

総合資源エネルギー調査会総合部会電力需給検証小委員会:「電力需給検証小委員会報告書(案)」、
平成25年4月
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/jukyu_kensho/pdf/004_06_00.pdf

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