ブラッセルフォーラムで考えたこと(2)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
ブラッセルフォーラム続き。今回は「米国のエネルギー自立とそのグローバルな影響」について紹介したい。同セッションで興味深かったのはファティ・ビロルIEAチーフエコノミストの発言である。そのポイントは以下の通り。
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- 米国は5年前、発電構成の5割が石炭だったが、現在では3割に低下している。シェールガスの拡大により、ガス価格が低下し、石炭に比してガスの競争力が増大したからだ。
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- もちろん米国のガス価格がずっと低いままであるとは考えられない。ガス需要が拡大すればいずれガス価格も上昇し、石炭が回帰してくるだろう。
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- シェールガス革命が欧州に無関係というのは誤り。ここ1-2年で石炭消費が最も拡大したのは中国だが、それに続くのは欧州。シェールガス革命によって行き場を失った米国炭が欧州に輸出され、排出権価格が低迷していることもあって発電部門における石炭消費が拡大している。
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- エネルギーコストが上昇している欧州のエネルギー多消費産業は、エネルギーコストが大きく低下した米国との関係で国際競争力を失い、空洞化が生ずる可能性がある。
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- シェールガス革命による勝者は米国であり、エネルギーコスト上昇に悩む欧州や日本は敗者。しかし欧州もベネフィットを受けることは可能。これまで天然ガスは売り手市場だったが、シェールガス革命により、買い手市場に転換する可能性がある。その意味でシェールガス革命の最大の敗者はロシアをはじめとするガス産出国。欧州のロシアからのガス長期契約の3分の2は10年以内に更新期限を迎える。うまく交渉すれば、シェールガス革命の間接的便益を受けられる。
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- 他方、気温上昇を2度以内に抑えるという気候変動目標の達成については悲観的。石炭からガスへの転換は有益ではあるが、それだけでは不十分。省エネ、再生可能エネルギー、CCS、原子力全てを動員することが不可欠。欧州や日本における原子力フェーズアウトの議論は誤り。
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- 省エネについては米国、欧州、中国で前向きな動きが出てきている。しかしこれはエネルギー安全保障やエネルギーコスト低減がドライバーになっており、気候変動ではない。
日本のエネルギー政策や今後の気候変動対策にとっても多くの含意のある発言だと思う。日本でも米国のシェールガスをLNG化して輸入する動きが生じている。これは原発停止に伴うエネルギーコスト上昇を抑える上で有効な手段であり、今後のガス調達価格にも良い影響を与えるだろう。しかし原発の再稼働がなければ日本のバーゲニング・パワーは限定的になる。欧州から見ていると、日本の脱原発議論はエネルギー安全保障、経済コスト、温暖化対策いずれの面から見ても非論理的としか思えなかった。
米国のエネルギーコスト低下は、米国産業の国際競争力を急速に回復させている。翻って欧州のエネルギーコストは上昇を続けている。欧州経済危機から脱却するためには、国際競争力の回復が不可欠なのだが、米欧FTAを結ぼうという中で、エネルギーコストについて反対方向のトレンドが続けば、欧州から米国への産業移転を招くことになるのではないか。フォーラムに出席していた欧州議会議員の一人が「欧州の製造業の将来が本当に心配だ。2050年までのエネルギーロードマップを欧州議会で議論した際、社民党や緑の党は「天然ガス」、「原子力」に言及することを頑強に阻止していた。こんな教条的な対応では欧州の産業は空洞化してしまう」と発言し、拍手を浴びていた。場外で独化学産業大手のBAYERの人と話をしたら、「欧州では再生可能エネルギー購入義務によって、ただでさえ電力価格が上昇しているのに、欧州委員会は排出権価格を引き上げるためにオークション量を制限しようとしている。これではダブルパンチであり、欧州のエネルギー多消費産業はもたない」とこぼしていた。日本はこうした轍を踏まないようにしなければならないと痛感した。
米国、中国等における省エネへの取り組みが気候変動をドライバーとするものではないとの点もその通りだと思う。私がかつてAPECや東アジアサミットでエネルギー協力を担当していた時、省エネに関するピアレビュー制度や国際省エネ協力パートナーシップ(IPEEC)の立ち上げに関与した。議論は容易ではなかったが、少なくとも国連温暖化交渉よりは遥かに建設的なものであった。その背景は、「歴史的責任」の追及に終始する温暖化交渉と異なり、エネルギー安全保障やエネルギーコスト低減→経済成長というwin-winの問題設定ができたからだろう。国際的な温暖化ガス削減を図るのに、「気候変動」を必ずしも全面に出す必要はない。結果的に気候変動対策にプラスの影響があることを出来ることからやっていくべきだと思う。
パネルにはパスクワル米国務省エネルギー特使や、マーフィ上院議員も参加していたので、少し紹介しておきたい。会場から多く寄せられた質問は大きく2つ。1つは、「シェールガス革命を中心に米国のエネルギー自立が進んだ場合、米国は中東地域への関与を続けるのか」ものであった。これへの両者の応答は「経済はグローバル化しており、米国がエネルギー自給を達成したとしても、世界のエネルギー市場が不安定化すれば、米国に影響を与えることは明らか。したがって米国は中東に引き続き関与を続ける。ただし、ホルムズ海峡を通過する石油ガスの75%はアジア向けであり、米国が大きなコストを払って中東に関与していることをきちんと認識してほしい」という答えだった。先日、チャタムハウスでイスラエルのモサドの元長官と話をした時に同じ問いをぶつけたが、答えは同じだった。米国政府のポジションはその通りなのだろう。ただ、米国のエネルギー供給に占める中東依存度が低下すれば、中東において米兵が血を流すことへの国民の反発が高まり、政策の制約要因になることは想定しておかねばなるまい。
もう1つは「オバマ大統領は一般教書演説で気候変動問題に積極的に取り組むと表明したが、具体的に何をするのか」というものだった。これについては「自動車燃費規制やEPAによる石炭火力発電所の排出規制等が中心。グリーンエネルギーについては税制優遇措置があるが、税制改革の一環として縮小される可能性もある。議会で包括的なキャップ&トレード制度や炭素税が成立する可能性はゼロ。京都議定書を98対ゼロで否決したバード・ヘーゲル決議はいまだに有効。2020年まで国連交渉の妥結を待つのではなく、バイの協力やメタン、ブラックカーボン等の削減のためのCCAC(Climate and Clean Air Coalition)といったプルリの協力を推進すべき」というものであった。2009年1月にオバマ政権が誕生した時、欧州の気候変動関係者の間には、「米国でもキャップ&トレードが導入される。欧米キャップ&トレードのグローバル市場ができる」という期待感が非常に強かった。オバマ大統領の就任演説、一般教書演説後も、今の欧州にそうした高揚感はない。「炭素価格を上乗せしよう」という欧州的発想が米国に見られないからだろう。人為的に市場に介入してでもエネルギーコストの引き上げを図る欧州と、基本的にエネルギーコストは低い方が良いという米国では根本的にアプローチの違いがあるように思える。
ブラッセルフォーラムは政治、経済、安全保障多岐にわたっており、議論を簡単に要約できるものではない。しかし気候変動やエネルギーというスコープで見れば、トップダウン、理念先行型の欧州とボトムアップ、プラグマティズム重視の米国の違いが明確に見えたように感じる。安全保障やTPPにおいて日米連携の重要性が強調されているが、気候変動、エネルギーの分野においても日米連携を更に強化することが必要だと思う。