ブラッセルフォーラムで考えたこと(1)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
3月15-17日に独マーシャル財団主催のブラッセルフォーラムに出席する機会を得た。マーシャル財団は、第二次大戦後の欧州復興をけん引したマーシャルプランに感謝の意を表明するため、1970年代初頭にドイツ政府のイニシアティブで設立された財団で、環大西洋(即ち米国と欧州)の関係強化を目的とするものだ。ブラッセルフォーラムは欧米の政・財・官・学の有識者を集めて様々なテーマについて議論をする場であり、今回で8回目になる。出席者も欧州側からファンロンパイEU大統領(冒頭あいさつ)、アシュトン欧州委員会対外関係委員、デグフト貿易担当委員、ヘンドリック・エストニア大統領、パパコンスタティノ元ギリシア蔵相、フラッティーニ前イタリア外相、ラムズドルフ欧州議会議員(独)等、米国側からフローマン米大統領国家安全保障担当副補佐官、ゼーリック前世銀総裁、マーフィ米上院議員、シャピロUSTR副代表、シャーマン国務次官補等、錚々たるメンバーが含まれ、総勢300名近くになる。
テーマは多岐にわたり、討議形式もパワポによる長々としたプレゼンを排し、各パネリストによる短い冒頭発言を受けてモデレーター、及び会場との質疑応答に重きを置くという、知的刺激の強いものだった。
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- 危機後の脆弱な世界
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- 欧州の将来
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- マリからシリアへ
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- 南北欧州の文明の衝突
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- 民主主義の変質
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- 過渡期にある中国
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- 経済危機からの過渡期
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- 米国のエネルギー自立とグローバルな影響
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- 米EU経済連携協定
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- 低炭素経済への課題
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- アジア太平洋地域の戦略的安定
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- 欧州が米国に求めるもの
その中で本コラムに関連して興味深い点を2回ほどに分けて紹介したい。
冒頭の「危機後の脆弱な世界」(Fragile World after Crisis)では、オックスフォード大のティモシー・アッシュ教授から以下のような問題提起がなされた。
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- 2030年に中国のGDPが米国を超えることが予想される等、これから2050年にかけてグローバル・パワーシフトが生ずる。
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- 歴史的に見ると大規模なパワーシフトが生ずる際に必ず戦争が生じており、要注意。
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- また気候変動、疫病、金融システムの不具合、資源(エネルギー、水)の枯渇、サイバーセキュリティ等のグローバルリスクが拡大している。
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- こうした問題に対応するには、国際協調が必要なのだが、そのための枠組みがパワーシフトに対応したものになっていない。
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- 新たな国際ガバナンスは「正当性」(legitimacy)と「有効性」(effectiveness)を有する国際組織と戦略的な有志連合(coalition of the willing)が必要。これまでのような欧米をコアとする国際機関では気候変動や疫病のような問題に対応できない。
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- 新たな国際ガバナンスにおいては、国・政府のみならず、民間セクターの力も必要。これには企業、NGO、更にはSNSを通じた民衆参加も含まれる。
その後のパネルディスカッションには米国、欧州、中国、ブラジルから有識者が参加していたが、印象に残ったのはゼーリック前世銀総裁の「国際ガバナンスを考えるに当たっては、正当性(legitimacy)も重要だが、有効性(efficacy)がなければ意味がない。特に気候変動については、190ヶ国で議論するよりも、主要排出国20-30ヶ国で議論した方がはるかに効率的」というコメントであった。
気候変動問題について実効性ある取り組みを重視すれば、全くその通りなのだが、残念ながら現実はそうなっていない。コペンハーゲンのCOP15が失敗した後、国連交渉の有効性について疑問符が付き、G20や主要経済国フォーラム(MEF)による有志連合の可能性が模索されたが、中国、インド等の新興国は「国連があくまで正式な交渉の場である」と主張した。途上国が圧倒的多数を占める国連のフォーマット、「共通だが差異のある責任」が明記された気候変動枠組み条約の枠内での議論の方が有利だからだろう。国連交渉を正当化する理由の一つとして、「温暖化の被害を受けるのは島嶼国、低開発国であり、彼らの参加が不可欠」というものがある。しかし、それならば脆弱国支援や資金・技術移転を国連の場で議論すればよい。温室効果ガス削減については、全世界の排出の8割超を超える主要排出国による取り組みの方がはるかに効率的だ。
残念ながら現実の交渉フォーマットはそうなっていない。国連交渉は決裂寸前まで行くたびに、同床異夢的な合意文書を紡ぎ出し、延々と続いている。ゼーリック氏が言うように「正当性はあるが、有効性のない」状態になっている。
ところで今回は習近平体制が成立した直後でもあり、中国から共産党国際委員会副委員長を初め、多くのスピーカーが参加していた。中国の参加者はいずれも「グローバルな問題に対する中国の責任ある建設的対応」を強調していた。こうした総論と、交渉現場の各論の収斂が見られるのはいつのことだろうか。