対ウィンドファーム戦争
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
本日のSunday Times を開けたら、自治体の対ウィンドファーム戦争(Councils in War against Wind Farms)という物騒なタイトルが目に入った。11月23日に連立与党内でエネルギー政策に関する妥協が成立し、再生可能エネルギーに対する間接補助総額の上限レベルが現在の26.5億ポンドから2020年には76.5億ポンドに引き上げることが合意されたが、風力導入のハードルは補助金レベルの多寡だけではない。英国の自治体に広がる風力への反対運動も大きな障害となる。
オックスフォードシャーのミルトン・ケアンズでは半径2キロ以内に民家がある場合、風力タービンの建設を禁ずるという条例を導入した。国内最大の風力事業者であるRWEはこの条例の無効を求めて訴訟を起こそうとしている。なぜならこの条例が国内全土に広がると全国土面積の1%しか陸上風力開発に使えなくなるからだ。RWEの風力開発担当者は「ミルトン・ケアンズの訴訟に負けたら、他の自治体も同様の規制を導入することになり、開発申請の多くを撤回せねばならなくなる。我々は欧州大の企業なので、この分野での投資が難しいのであれば、他の分野に投資資金を振り向ける」と語る。
この問題はキャメロン連立内閣の地域開発政策と再生可能エネルギー政策の相克でもある。地域主義(localism)は保守党の看板政策の1つであり、保守党のピックルス地方政府大臣はデイビー・エネルギー気候変動大臣の低炭素・再生可能エネルギー政策に反対している。ミルトン・ケアンズと同様の開発規制を導入もしくは導入を検討している自治体のほとんどは風力に懐疑的な保守党の支配下にある。
ミルトン・ケアンズのギアリー首長は「ウィンドファームは目障り(visually intrusive)だし、発電電力量も不十分だ。自分は電力エンジニアだが、風力は非効率な割には環境への影響が大きいね」と語る。ミルトン・ケアンズと同様の規制導入を検討しているストラットフォードのセイント首長は「美しい景観を守るため、風力タービンなんて1つもできなければいい。ウィンドファームで景観が破壊されたダセットヒルズやフェルドンのようにはなりたくない。」と言っている。
日本では発電施設への反対運動と言えば原発であり、「環境に優しい」風力はどこでも歓迎されていると思われているかもしれないが、ドイツでも英国でも陸上風力に対する風当たりは強い。より敷衍して言えば、欧州ではいかなるエネルギー施設であろうとNIMBY(Not In My Back Yard)の対象であり、自分の庭先には作ってほしくないという傾向が強い。最近ではそれが高じてBANANA (Build Absolutely Nothing Anywhere Near Anybody)、即ち、「どこであろうとエネルギー施設を作るのには反対」という極端な動きすらある。反原発団体や温暖化NGOは再生可能エネルギーインフラやそれを吸収するための送電線インフラを支持しているが、地方レベルになると自然保護NGOを含む別な環境NGOがこれらインフラの建設に反対するケースが多い。ドイツで風力資源の潤沢な北部から消費地の南部への送電線が地元の反対で進んでいないことは良く知られている。草の根民主主義がエネルギーインフラの建設・運転を阻害し、それが国全体の利害を損なうという傾向は民主国家共通の悩みの種なのかもしれない。