電機と電気 - 経営と生活
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
思わず「おいおい、経営問題とは違うだろう」と声に出していた。9月8日の朝日新聞3面の「節電、我慢から活用へ」という記事を読んだ時だ。記事では「電力会社が原発を再稼働させたいのは自らの経営問題にほかならない。再稼働しなければ、電気料金の値上げもさけられないだろう」とのコメントが紹介されていた。
当たり前のように聞こえるが、電気では原発停止による燃料費の増加は単純な経営の問題でなく、生活の問題だ。なぜかと言えば、電気は代替品がないという特殊な商品だからだ。例えば。台湾企業による出資が話題になっている電機のシャープの製品には代替品があるが、代替品のない電気では電力会社が原発停止による燃料代金の資金繰りに困れば、直ぐに生活の問題になるからだ。電機と電気の経営不振では生活への影響が全く違う。
電機メーカーが不調だ。テレビ、液晶に大きな投資をしていたシャープは新規借り入れに際し、工場、ビルを担保に差し入れたと報道されるほどだ。電機メーカーは何故不調になったのだろう。シャープの売上の半分はテレビ、液晶、太陽電池だ。いずれも新興国の製品より品質が優れているのが売りだった。
しかし、需要家の選択基準は品質ではなく、値段だった。多少の品質の差より価格の安い新興国の製品が売れた。先進国のメーカーは、価格の下落に対応できるコスト構造ではなかった。2012年度第1四半期のシャープの決算では原価率は売上高の99%に達している。これでは人件費も、交通費も出ない。資金繰りは大変だ。
2008年にシャープを抜き太陽電池シェア世界1位になったこともあるドイツQセルズ社は新興国との競争に敗れ4月に倒産した。倒産の結果、株主、取引先は大変な目にあっただろうが、需要家には影響はなかった。太陽電池は供給が潤沢にある商品で代替品はどこにでもある。商品の入手に困るこことはなかった。
電気でもおなじような経営不振の話があった。米国カリフォルニア州は電力市場を自由化した時に、電気料金の上昇を懸念し地域電力会社の小売りの電気料金を一定の条件下で凍結した。ところが自由化後、地域電力会社が仕入れる卸の電気料金は急上昇した。発電会社の売り惜しみだ。代替品がなく、貯めることができない電気では供給を絞れば簡単に価格を上げられる。供給の削減は2001年の1月には計画停電まで引き起こした。
電力会社は原価上昇に悩むことになった。シャープと同じだ。そうすると、卸の発電会社は地域電力会社が倒産し支払に窮する事態を懸念し、ますます売り惜しみをするようになった。電気は代替品がない。太陽電池パネルとは違う。他からは入手できない。結局、州政府が卸電力を購入し逆ザヤで地域電力会社に販売した。州政府の負担額は1年間で1兆円以上になった。最終的には需要家の負担だ。生活の問題だ。
日本の電力会社が原発の停止によりコスト上昇に直面し、逆ザヤになったらどうなるのだろうか。海外サプライヤーによる燃料の売り惜しみだろう。財務内容が悪化した会社に売るとなるとサプライヤーが前金を要求しても不思議ではない。電力会社は資金調達ができるのだろうか。逆ザヤが続くとなれば、シャープのように担保を要求されるだろう。十分な担保はあるのだろうか。電力会社の財務内容は決して良いとは言えない。燃料代は生半可な金ではない。今の燃料価格で計算すると年間3兆円を超える。
電機は経営の問題だが、電気は経営の問題だけではない。「原発を再稼働させたいのは電力会社の経営の問題」とコメントするのは正しくないだろう。それ以上に生活への影響の問題だ。原発が動かなければ、誰かが燃料費を負担しない限り電気の供給はない。消費者が負担するか政府が負担するかの問題になる。電力会社の経営の問題で済む話ではないのは、カリフォルニアの経験でもはっきりしている。
Qセルズ社は、倒産4か月後の8月末に事業の大半を韓国ハンファに譲渡することになった。ハンファは従業員を一部解雇するがドイツとマレーシアの操業は続ける約束になっている。Qセルズの技術力は韓国企業には魅力のようだ。日本の電力会社の経営が行き詰った時に。逆ザヤの事業を購入する企業はあるのだろうか。