原子力損害賠償法の改正に向けて①


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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賠償スキームも含めた「安全・安心」を確立する

 昨年3月11日の東日本大震災をきっかけとする東京電力福島第一原子力発電所における事故は、これまで「起こらない」と考えられていた重篤な事故となった。「起こらない」と考えていたのは、技術者達だけでない。万一の事故に際しての被害者への補償について定めた「原子力損害の賠償に関する法律」(以下、「原賠法」と言う)も重要ないくつかの点において曖昧な条文となっており、いわば社会システムとして、原子力の事故に対する備えが出来ていなかったと言える。

 現在、国のエネルギー政策をめぐり議論が百出しているが、筆者の考えでは、この資源の乏しい日本においてエネルギー供給の選択肢を狭めることは危険と言わざるを得ず、少なくとも今後もしばらくは一定程度原子力に頼らざるを得ないと思料する。その大前提となるのは、原子力発電の安全性向上であるが、その過程において事故前と同じように「事故は絶対に起こらないもの」という思考停止を起こしてはならない。二度とこうした事故が起きないよう安全対策を充実させる一方で、事故が起きた場合、発電所立地地域で被害を受けられた方たちが、賠償問題についていささかも不安を抱くことがないよう、今次の経験を踏まえて原賠法を改正し、賠償スキームも含めた「安全・安心」を確立することは必須である。今後数回に分けて、それに向けた整理を試みたい。

原子力損害賠償制度の成り立ちと概論

 原子力損害賠償制度は一般的に、「被害者保護」及び「原子力事業の健全な発展」の2つを目的として導入された。米国がジェネラル・エレクトリック(GE)社等の米国原子力製造事業者が製造物責任を負うことの無いよう輸出相手国に制定を要求し、各国がその要求を受容して整備したという歴史的経緯から、賠償制度の基本原則も世界的にほぼ共通している。以下に基本原則を列記する。

責任の厳格化と集中:原子力事業者は無過失責任を負い、免責事由も制限される。加えて、資機材供給者の原因によって事故が生じた場合においても、事業者だけに賠償責任が課せられる(責任集中)。
適用範囲の限定:原子力損害賠償制度の適用対象とされる「原子力損害」の範囲を、原子炉の運転等に起因する事故に限定する。
損害賠償措置の強制:民間保険または/及び政府との補償契約への強制加入により事業者の支払い能力を確保。
賠償金額の制限:事業者の賠償負担が無限大にならないよう、賠償責任限度額を設定。しかし、日本、ドイツ、スイス等は責任限度額を例外的に設定していないため、事業者の責任は無限責任となる。
国家補償:事業者が賠償責任を果たしきれない場合等については、国家が補償。

 現在、我が国はベトナム、インドネシア、カザフスタン、UAE等各国と二国間協力文書を締結して新規原子力導入に協力しているが、そうした国々でもほぼ同様の制度が構築されている。