AIがもたらす米国電力産業への影響 電力需要と料金をどう変えるのか
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「旬刊「EPレポート7月1日号」より転載:6月15日)
1980年代からバブル期にかけ米国民の対日感情が悪化した。貿易摩擦に加え日本企業が、ニューヨークの象徴ロックフェラーセンタービルなどを購入し米国人の神経を逆なでした。米国が日本叩きをした理由は、日本の世界のGDPに占めるシェアが5分の1に近づき、世界の4分の1シェアを持つ米国に迫ったからだ。米国の経済覇権を脅かし、ジャパンアズナンバーワンが現実になると言われた。
今の日本のGDPの世界シェアは4%もない。変わらず世界のGDPの4分の1を占める米国の経済覇権を脅かすのはかつての日本に代わり2割弱のシェアを持つ中国に変わった。米国の中国叩きの理由のひとつは、経済覇権を守るためだ。そんな中で米国が中国に絶対に負けられないと考えている分野が生成AIだ。
40年需要7兆kW時の予想も
そのためにはAIを支えるデーターセンター(DC)用電力供給能力がカギだ。クリス・ライト・エネルギー長官は、「米国は世界のAI競争に勝たねばならない。そのためエネルギー覇権を持たねばならない」と語る。AIで負けると、軍事、産業、技術革新など全ての面で後れを取る可能性が高い。電力需要はEVなどの電化の進展にもよるが、DC用の電力需要は着実に大きく増えるとの見方が根強い。
国際エネルギー機関によると、2022年の世界のDCの電力消費量は2400億から3400億キロワット時(kWh)。全需要量に占めるシェアは1%から1.3%だった。コンサルのデロイトは2030年までにシェアは4%に伸びるとみている。世界のDCの約半分を持つ米国のDCの2023年の電力消費量1500億kWhは30年には4000億kWhに届く可能性がある。AIの効率の改善があるので、この予測は過大との見方もあるが、AIの性能向上によりAIの利用が増えるので、結局電力需要量はさらに伸びるとの予測も根強い。
脱炭素目標を持つGAFAMが米国のDCの42%を保有し拡大中だ。アマゾンだけでも現在の300万kWを4倍に拡張する計画。併せて脱炭素電源の確保に乗り出しているが、既存あるいは再稼働する原子力発電からの電力の独占購入、あるいは小型モジュール(SMR)を隣接地に設置する計画が目白押しになっている。最近もアマゾンがタレン電力の原発からの電力を隣接するDC用に確保した。連邦エネルギー規制委員会(FER)が他の需要家の費用負担増が生じるとして一旦不認可としたが、FERの認可不要の形に契約形態を変更し電力を確保したと報じられた。
DC用を主体に全米の電力需要量は2029年までに16%伸びるとの予想もある中、資金力がなく自前の設備を用意できないDC事業者に電力を供給する電気事業者は、需要増を睨み発電設備と送電網の新設、増強に乗り出すことになる。DCの成長に加え、EVなどの電化の需要もあり、2040年の電力需要は現在の7割増の7兆kWhとの予測も出されている。7兆kWhの供給設備の新設は無理だろうが、いずれにせよ大量の新設備が必要になるのは間違いなさそうだ。
州で異なる電気料金上昇率
365日24時間電力供給が必要なDC用供給には安定的に電力供給が可能な原発が有力だ。トランプ大統領も、AIの伸びを見越した発電設備確保のため、5月23日に原子力発電に関する複数の大統領令を発令した。その中では原発を2030年までに10基着工。2050年までに3億kWの原発を新設し、容量を現在の4倍にするとした。原子力規制委員会の改革、審査期間の短縮などにも触れている。さらに2030年までに既存原発の能力を500万kW増加させるため政府融資も検討する。能力増強の候補には工事が中断したVCサマー原発も含まれる。
DCに供給する目的で原発を含め大きな設備導入が今後続くことになるが、問題は電気料金の上昇だ。今年5月の米国の消費者物価指数の上昇は前年比2.4%だが、電気料金は、天然ガス価格の上昇もあり、4.5%値上がりしている。しかし、これからの上昇率は州により異なるだろう。例えば、ニューヨークに隣接し多くのDCを持つニュージャージ州の電気料金は6月から最大20%上昇する。
その理由はDCが米国各州に万遍なく立地しているわけではなく、AIの需要地である州と、電気料金が安い州に偏在しているからだ。米国でもっとも多くのDCが立地するのはワシントンD.C.に隣接するバージニア州だ。多くのDCを持つ州では、今後の電力需要増に備えるインフラの増強費を、DCとは関係ない消費者からの電気料金により回収する必要がある。
卸・容量市場価格も上昇へ
電気料金の値上がりにつながるDC特有の事情がもう一つある。DCには24時間電力供給が必要だ。そうすると、設備に余裕がない州では、多くの時間にピーク需要が発生し卸価格が上昇する。加えて容量市場でも価格が上昇し電気料金に跳ね返る。バージニア州のDCは2030年に電力需要の44%を占める可能性があり、その時家庭用電気料金は最大70%値上がりする可能性も指摘されている。
爆発するDCの電力需要による電気料金上昇を避けるため、DC用には別の料金体系を設定すべき、あるいはDC用のインフラ費用は、受益者に負担させるべきとの意見もある。電力需要増に米国の事業者はどう答えを出すのだろうか。