シェルの年次株主総会:エネルギー移行課題とアクティビスト株主


東京大学公共政策大学院 元客員教授

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まえがき

 国際エネルギー企業Shell plc.(以下「シェル」と呼ぶ)が取り組むエネルギー移行の課題を、年次株主総会での会社側説明と気候変動アクティビスト株主側の反論、という視角から分析してみたい注1)
 シェルは2021年以来、エネルギー移行戦略を年次株主総会の議題に乗せて出席株主の意見を聞き、賛否投票してもらう。総会には気候変動アクティビスト株主からの対抗提案も提出されて、支持を競う。アクティビストは「Follow This」というオランダのグループで、脱炭素化への会社の姿勢を質すべく2016年以来、年次株主総会に対抗提案を乗せている。会社側の株主総会招集通知には、「Follow This」提案への反論が掲載される。

「移行戦略2024」の概要

 シェルは21年2月にはじめて、エネルギー移行戦略(「移行戦略2021」と略称)を公表してその年の年次株主総会に掛けた。22年と23年には「移行戦略2021」の進捗報告を総会の議題とした。そして24年3月、「移行戦略2024」を公表して5月21日の総会に上程した。
 以下では「移行戦略2024」を脱炭素目標の設定管理という側面から紹介する。
 シェルは、2050年GHG排出量をゼロ、と公約した。実施手段には炭素隔離(CCUS)やオフセットが含まれる注2)
 ただ、当面エネルギー需要が増大していてこれに応えねばならない。だからバランスのとれた秩序ある(balanced and orderly)移行戦略が必要だ。戦略は指標を工夫して目標を立て、公約し、フォローアップされる。具体的には国際基準たるGHGプロトコルのGHG排出量の算定・報告の定義であるスコープ1・2・3に沿う指標を用いている注3)
 「移行戦略2024」では、2030年のスコープ1・2、すなわち自社操業に関わるGHG排出量削減目標を、2016年比50%減。2025年までに石油ガス開発生産のガスフレアリングを終了し、2030年にはメタン逸失ネットゼロ、と公約している。この目標設定は、「2100年地表温度上昇を産業革命時比1.5℃に抑制」に沿う(aligned)、と説明される。
 他方でスコープ3とは、シェルブランドのエネルギー商品を購入する需要家側=消費者側の低炭素化のことで、スコープ3にはネット二酸化炭素強度Net Carbon Intensity NCI という指標で向き合う注4)。シェルは2030年に2016年対比、シェルブランドで販売するエネルギー商品のNCIを、15-20%削減する目標を立てた。さらに削減絶対値目標も導入し「2030年には2021年対比、シェルブランドで販売するエネルギー商品については、需要家側GHG排出を15-20%削減」と約束した。
 このような様々な約束とフォローアップが年次株主総会で説明され、賛否投票される。

アクティビスト株主の株主提案

 2024年、年次株主総会。Follow This対抗提案は、「シェルが、中期的な(medium-term)GHG排出削減目標を立てるに際しては、スコープ3レベルの目標をパリ合意達成に沿う(align)ものとすべき、と提案する。スコープ3レベルの削減指標NCIは30年、16年対比を20%削減。35年には45%削減、としているが、第三者機関はこの目標設定はパリ合意達成には不十分、という見解。加えて、会社説明はNCI目標を達成するための具体策に乏しい」とした。
 従来からの会社側説明では「中期的な(medium-term)」とは向こう10年を意味するので、Follow Thisは会社側に、2034年に至るスコープ3レベルの削減目標を更に強化すべし、と提案したのだ。

会社側の反論

 2024年の年次株主総会への招集通知に載った会社側のFollow This提案への反論注5)の要旨を箇条書きする。

対抗提案の「シェルの目標設定はパリ合意達成には不十分」という主張は的外れ。「移行戦略2024」は「21世紀末、1.5℃」に沿う(align)。
Follow This が自らの提案を「出席株主に参考投票を求める(by an advisory vote)」と説明するのは、錯誤。株主提案はシェルの定款上では、特別議題(Special Resolution)の扱いで、75%以上の賛成があれば、シェルは株主提案の内容に従って経営される。「移行戦略2024」を付議し参考投票advisory voteを求めるのは、株主が意見表明をする機会を設ける、という趣旨であって、戦略の決定は法的に取締役会の責任と専権であること、言うまでもない。
提案内容は一般的であいまい。ビジネスの中身に関心を向けておらず、具体的な戦略を組み立てられない。株主各位は対抗提案の説明根拠を注意深く読んで、ご検討いただきたい。

 会社側は株主に、低炭素化をめざしたビジネスの具体を見てもらいたいのだ。例えば、次代交通燃料は電気だから、シェルは電気自動車向け急速充電スタンド網Shell Rechargeを急拡大。僕たち、頑張っているでしょう?

2023年9月、深圳国際空港に258ポイントの急速充電ステーション開設
出所:Shell China ホームページ

 ところがFollow Thisは、ビジネスのことはヨクワカラン、ともあれ会社全体のGHG排出削減量を期限を切ってコミットせよ、という提案する。

Follow Thisとの意見交換と攻防

 始まりは2016年だった。年次株主総会招集通知にFollow Thisの株主提案が載った。この時の提案は大略、シェルは石油・ガスビジネスで得た利益を再生可能エネルギー開発に投資すべし、という意見表明で、出席株主から2.78%の賛成を得た。翌17年のFollow This提案には「シェルは2030年と2050年時点でのGHG削減ターゲットを、スコープ1・2・3のカテゴリーごとに定期的に報告すべし」という内容が含まれて、出席株主の6.34%が賛成。18年と19年にも大同小異の株主提案をなし、18年は5.54%の賛成を得た。19年は総会開催ひと月前に提案を撤回した。コロナの影響でオンライン総会になったのが撤回理由かもしれない。
 会社側が真剣になったのは、20年総会がきっかけだった。当時のシェルはエネルギー移行戦略をきちんと説明できる用意がなく、出席株主は、Follow Thisの、会社側に具体的なエネルギー移行戦略の約束を促す提案に、14.39%の賛成票を投じた。シェルに目を覚ませさせたのだ。翌年21年2月、シェルは「移行戦略2021」を発表、その妥当性について株主の参考投票(advisory vote)を求めて同年5月18日の株主総会に付託した。Follow This対抗提案も議題に登った。会社側の「移行戦略2021」は88.74%の賛成、他方で対抗提案も30.47%の支持。総会後シェルはコメントを発表。「会社の移行戦略が大多数の株主から信認されたことは喜ばしい。他方でFollow This提案が30%の賛成を得たことを認識する(acknowledge)」と。翌年22年総会では会社側の「移行戦略2021、進捗報告」を議題とし、79.91%の賛成を得た。Follow Thisは前年同様の内容で、20.29%の支持を得た。
 このあたりまでは会社側とアクティビスト株主側の対話は、健全であった。

シェルの年次株主総会における、株主側からのエネルギー移行戦略への賛否

 事態が変わったのは、23年総会である。
 この年のFollow Thisは「シェルのビジネス活動にかかわるGHG排出削減の絶対量目標は、2030年時点でスコープ3をカバーすることを提案する」とした。具体的な目標年での削減量のコミットを求めたのだ。会社側は、スコープ3は需要家側の低炭素化目標で、ここにはシェルのコントロールが効かない、急には無理だ、と強く反論した。なにしろシェルのGHG排出量全体の90%がスコープ3から出ているのだ。
 そうしたら株主総会が大騒ぎになった。開会が1時間遅れた。アクティビストが100名ほど出席したがその中の20人が、総会議長の開会発言の最中に、突然壇上に登らんと飛び出して進行を妨げはじめた。セキュリティスタッフが議長を人垣を組んで守りつつ、騒擾の人々を会場外に連れ出した。議長は避難しながら「君たち、もっと別のやりかたで、意見を言うことができないのかねー」と叫んだ。Follow Thisは20.19%の支持を得た。
 2024年5月の総会も大変になった。環境アクティビストたちとセキュリティスタッフがもみ合った。総会議長が開会あいさつを始めるや、アクティビストたちが会場内で ”Shell kills” を連呼し、セキュリティに連れ出されてゆく。その模様はスマホで動画配信された。今年のFollow Thisは18.82%の支持。

“Shell kills. Shell kills”
出所:アクティビストの配信動画を筆者が切り取った

おわりに

 23年以降の年次株主総会での対立の理由は、23年1月にシェルのCEOが、オランダ人ベン・ファン・ブーデンから、レバノンとカナダの2重国籍を持つワル・サワンに交代したのも一因、と推測する。が、紙幅が尽きた。

注1)
詳しくは『エネルギー移行課題とアクティビスト株主-シェルの年次株主総会の観察―』、JOGMEC、石油・天然ガスレビュー、2024.9 Vol.58 No.5
注2)
Shell’s Net Carbon Footprint: Methodology, Rev 6, February 2024を参照。
注3)
スコープ1は、燃料の燃焼や製品の製造などを通じて直接排出するGHG。スコープ2は、他社から供給された電気や熱を使うことで間接的に排出されるGHG。スコープ1と2は、シェルが自らコントロールできる範囲にある。対してスコープ3は、主にシェルが自社ブランドでモノやサービスをカスタマーに販売した後の利用とその後の廃棄にいたるまでに排出されるGHGを対象とするカテゴリーで、スコープ3はシェルが直接的にコントロールできない。
注4)
ネット二酸化炭素強度(Net Carbon Intensity, NCI)指標は、(販売商品の二酸化炭素排出量)/(販売するエネルギー商品総量)で計算される。この指標はシェルブランドで販売するエネルギー商品の販売先=需要家側の低炭素化に関わるものである。ここで、分母(販売するエネルギー商品総量)の量を増加させ、しかも低炭素商品化を進めれば、-例えば再生可能電源から得られた電気を、大規模に、自社生産または他社仕入れで調達して需要家に販売すれば- シェルは、企業成長と低炭素化を同時に進めることができる。ただし、分子側ではCCS及び植林のようなオフセットクレジットを差し引く。これがシェルのNCIの定義。
注5)
詳しくは、2024年度年次株主総会通知のなかのDirectors’response to Shareholder Resolution 23を参照。