ITER:大幅遅延ではなく、名より実を取る計画変更


元慶應義塾大教授、1990年代から国の核融合関連委員会にも関与

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ITER計画の変更が発表された

 2024年6月に、フュージョン実験炉ITERの計画変更が発表された。マスコミ等の記事を見ると、「完成は8年以上先送り」とか「運転開始は9年延期」などなっているが、計画変更が単なる遅延でなく、進め方そのものの変更があったのを、うまく表現できていない。
 2024年7月10日に開催された核融合科学技術委員会(第38回)の公開資料で、鎌田裕ITER機構副機構長の発表資料から筆者が読み取れた情報を、整理してお伝えしよう。直接に話を聞いたわけではないので、万が一、筆者に誤解があったらご容赦いただきたい。また、は重要ポイントだけを説明するために、筆者の責任で大幅に簡略化したことをお断りしておく。

図 ITERの新旧計画の比較。 中央が西暦年で2024年から2048年まで。
上段が、ITER機構が2016年に設定した計画、下段が2024年発表の新計画。

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 改定前は2025年の組立完了をもって「完成」としていた。改定後には組立が2033年までになったから。完成2033年という報道もある。改定前の2025年の「Hプラズマ着火」をもって稼働開始とするなら、改定後は2034年頃となる。しかし、これだけの表現では大事な点をたくさん見落としてしまう。なお、コロナ感染の影響で2年ほど遅れるとは発表されていたので、筆者は完成を2027年頃と書いてきたが、初期計画での完成予定は2025年であった。

完成セレモニーは省略になった

 まずは、改定後には「Hプラズマ着火」がない点に注目すべきだ。Hは普通の水素のことで、これを使ってプラズマを生成してもフュージョンは起こらず、中性子も熱もほとんど出ないから、真空容器と超伝導コイルさえあれば、実験が可能だ。熱を受けるダイバータや中性子を止めるブランケットがまだなくてもよい。
 だから最小限度まで組み立てて、とりあえずHプラズマを着火し、「完成セレモニー」をやろう、というのが改定前の計画だった。だから2025年に完成できたのだ。 そしてそのあとで、重水素や三重水素のフュージョンプラズマの実験のための組立工事に続けて入る計画だった。
 しかし、改定前のHプラズマ着火前後には1年半の空白がある。この期間は、Hプラズマ実験を行うには、組立作業完了後に、①内部を真空にし、②超伝導コイルを絶対零度まで冷やし、③高周波放電洗浄などで真空壁をきれいにする、などの時間が必要だからだ。
 Hプラズマ着火は、超伝導コイルが動作し、内部が真空になれば、ほとんど確実に実現できる。科学的にはあまり大きな意味はないが、国民の理解を得るには早期にHプラズマ着火を見せることも重要と筆者は思ってきた。過去においても、フュージョン装置の建設では、Hプラズマがついたところで完成宣言、というのが普通であった。しかし、新しいITER機構長のバラバスキー氏は科学者なので、セレモニーに1.5年も無駄にしたくない、と考えたのではないだろうか。

 これまでに、①コロナでの遅れ、②真空容器の溶接で見つかった不具合の修復、③超伝導コイルへの熱遮蔽の割れの修復 などで6年の遅れが出たという。世界最大のフージョン装置をはじめて造るのだから、こういうことも起こりうるが、であればこそ、「ここでさらにHプラズマ着火のために1年半も空白を作るのは避けたい」というのも理解はできる。

 改定後は、Hプラズマを早期に着火するのはやめ、そのまま建設を2033年まで続ける。
 その結果、図でわかるように、重水素を使ったDD運転(中性子が発生する)は、改定前より改定後のほうが1年早くなった。しかも、改定前の2025年Hプラズマの場合とは異なり、この段階で中性子遮蔽ブランケットもダイバータも組み込み済である。

DD燃焼までは大幅遅れになっていない

 こうして理解してみると、少なくとも2035年のDD燃焼までは大幅遅れというイメージではなく、むしろ早くなった。しかし、筆者が見て変わったと思うのは、むしろこれ以後だ。
 改定前はDD燃焼実験を始めてから、ほどなく三重水素を入れたDT燃焼に変え、数年でQ=10にできると考えていた。
 改定後はここが非常に慎重になった。DDからDTに変えるまでに4年、そこからQ=10 に至るまで5年かかることになっている。 DD開始からQ=10まで9年もかかるのは、筆者にも意外だった。おそらく、その理由のひとつは以下の仕様変更だろう。

ブランケット表面材料も原型炉以後に合わせた

 技術的すぎて報道されないが、実は重大な仕様変更もある。1億度のプラズマに直面するブランケットの表面は、将来の原型炉以後では、ステンレスの表面を薄いタングステンパネルで覆う。しかし、ITERでは、初期段階だけ、これまでの実績が多いベリリウムパネルを使おうとしていた。しかし、新計画では、最初からタングステンパネルを使う計画に変更されている。これは正しい選択だ。すぐに原型炉用のデータが取れるようになった。これは意外と重要な決断であり、喝采を送りたい。表面金属は不純物となってプラズマに影響を及ぼす。不純物としてタングステンはベリリウムより厄介なので、タングステン採用でプラズマ制御が多少難しくなる可能性がある。そのためにDD燃焼開始からQ=10への時間余裕を取ったのかもしれない。

 今回の計画変更により、日本の原型炉計画も見直しが入ると思われるが、ITERに合わせて、そのままシフトして遅れるような計画にならないようにしてほしいものだ、建設上の問題はITERが全部体験させてくれるのだから、原型炉計画を並行して進めることは可能だ。中国はそのような戦略を進めている。日本も負けずに進んでほしいものだ。これについては、前記事「王道を進み始めた日本の核融合開発」をごらんいただきたい。