COP28の結果と評価(1)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
2023年12月にドバイで開催された気候変動枠組み条約第28回締約国会合(COP28)に参加してきた。筆者にとっては17回目のCOPになる。本稿ではCOP28の結果を振り返りつつ、その評価を試みたい。
グローバル・ストックテイクが最大の焦点
COP28は節目のCOPでもあった。2023年はパリ協定第14条で定められているグローバル・ストックテイクの第1回目を完了する年に当たるからである。グローバル・ストックテイクは、パリ協定の目標達成に向けた世界全体での実施状況をレビューし、目標達成に向けた進捗を評価する仕組みであり、その評価結果は、各国の行動および支援を更新・強化するための情報や、国際協力を促進するための情報となる。各国政府は、2025年の自国の目標(Nationally Determined Contribution: NDC)として公約する削減目標を今後、更新・強化するにあたり、この情報を活用することが求められる。
厄介なのはグローバル・ストックテイクに盛り込むべきメッセージの重点が先進国と途上国で全く異なっていることにあった。昨年6月のG7広島サミットにあるように先進国は1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルを実現するため、IPCC第6次評価報告書に盛り込まれた「2025年ピークアウト、2030年全球43%削減、2035年全球60%削減」という数値や「化石燃料のフェーズアウト」をグローバル・ストックテイクのキーメッセージに盛り込むことを企図していた。当然ながら、中国、インドが自らの手足を縛るような数値目標に抵抗してきた。昨年のG20ニューデリーサミットでは2025年ピークアウトに言及しつつも「モデル化された経路」と位置付けられ、留意対象にしかなっていない。2035年60%減については言及すらなされていない。
グローバル・ストックテイクは緩和(温室効果ガスの削減・抑制)のみならず、適応、資金フロー及び実施手段、損失と損害(ロス&ダメージ)、対応措置 (化石燃料輸出国等、緩和行動で影響を受ける締約国の懸念を考慮する義務)もカバーする。このため途上国はグローバル・ストックテイクで先進国からの資金援助の不十分さをハイライトし、その大幅な拡大につながるようなメッセージを入れることを企図していた。「先進国が野心レベルの大幅引き上げを主張し、途上国により迅速な排出削減を求めるならば、途上国の温暖化対策に必要な資金援助も大幅に拡大せよ」というのが途上国の論理である。
ロスダメ合意と有志国声明
COP28の滑り出しは順調であった。会合初日にロス&ダメージ基金の資金アレンジメントが拍手の下、全会一致で採択されたのはその一例である。昨年11月のCOP27でロス&ダメージ基金の設置が合意されたが、その具体的なガバナンス等に関しては今後1年かけて検討とされてきた。今回採択されたのはCOP27以降、5回にわたり行われた移行委員会の結論を踏まえたものである。ロス&ダメージ基金に対してはUAEが1億ドル、EUが2億4,500万ドル(ドイツの1億ドル含む)等、19か国が拠出し、12/6時点の初期プレッジ総額は7.3億ドルとなった。2022年1000億ドル、2030年6000億ドルとされる損失と損害の資金ニーズに比べれば、「ご祝儀」程度であるとしても、まずは順調な滑り出しであった。
またジャーベル議長はCOP28にモメンタムを与えるため、2030年までに世界全体の再エネ設備容量を3倍に、エネルギー効率改善度合いを2倍にすることなどを含む「グローバル再エネ・省エネプレッジ」(118か国が参加)2030年までにメタン排出ゼロ、フレアリングゼロ、2050年までに石油・ガス操業のネット・ゼロ・エミッション化にコミットする「石油・ガス産業脱炭素化憲章」(世界の石油生産の40%を占める50社が参加)等を立ち上げた。
難航したグローバル・ストックテイク交渉
このように滑り出しは好調であったCOP28であったが、グローバル・ストックテイク交渉は難航を極めた。交渉序盤の12月1日に出されたグローバル・ストックテイクに関するテキストでは以下を含め未決着の論点が多数、掲げられている。
- 衡平性、共通だが差異のある責任、歴史的な排出量、プレ2020年問題の扱い
- 途上国の特別の必要性と状況への配慮
- IPCC報告書にある2030年以降の削減パス、ピークアウトの時期
- エネルギーセクターにおける化石燃料のフェーズアウト/フェーズダウン、石炭のフェーズアウト/フェーズダウン/新規石炭禁止、再エネ3倍、省エネ2倍、過渡的燃料の役割、公正なエネルギー移行の重要性、化石燃料補助金のフェーズアウト
- 運輸部門におけるZEVのタイムライン、国際海運、航空
- メタン排出削減のタイムライン
- 1000億ドル目標に向けた進捗
- 気候資金の量・質の適切性、緩和資金と適応資金のバランス
- 債務負担、債務帳消し
- 新たな資金目標
- 気候資金の透明な報告メカニズム 等
中でも最大の論点になったのは化石燃料の取扱いであった。欧米諸国、島嶼国が「1.5℃目標を達成するためには化石燃料の段階的撤廃(フェーズアウト)が不可欠」と主張した。これに対し、サウジアラビアをはじめとする中東産油国、ロシアは「我々の敵はCO2であり、化石燃料そのものではない。炭素貯留隔離(CCS)技術を使えば化石燃料利用とカーボンニュートラルを両立することは可能であり、化石燃料フェーズアウトのような特定の政策を押し付けるべきではない」と激しく反発した。OPEC事務局長は加盟国に対して「化石燃料フェーズアウトをブロックせよ」とのレターを発出する等、両者の対立は最後まで続いた。
12月11日に議長が提示したグローバル・ストックテイクの決定案では化石燃料について「化石燃料の消費と生産の両方を、公正で秩序ある衡平な方法で削減し、科学的見地に沿って、2050年までに、あるいは2050年前後に、正味ゼロを達成する」との表現になっていた。欧米諸国、島嶼国等は「フェーズアウト」という文言が入っていないことを理由に「このままでは受け入れられない」と強く反発した。その後、1日余り、水面下の交渉が行われ、最終案の提示は12月13日朝に持ち越された。
グローバル・ストックテイク合意文書の読み方
12月13日朝に提示され、全体会合で採択された文書の主要部分を読み解いていこう。
第1に今後の削減経路については、以下の通りとなった。
パラ26. 気候変動に関する政府間パネルの第6次評価報告書の統合報告書において、世界的なモデル化経路と仮定に基づき、温暖化を1. 5 °Cに抑え、オーバーシュートがないか限定的である場合、および温暖化を2 °Cに抑え、即時の行動を前提とする場合、世界の温室効果ガス排出量は2020年から、遅くとも2025年以前にピークに達すると予測され、このことは、この期間内に全ての国でピークに達することを意味するものではなく、ピークに達するまでの期間は、持続可能な開発、貧困撲滅の必要性、衡平性により形成され、各国の異なる状況に沿ったものである可能性があることに留意し、自主的かつ相互に合意された条件での技術開発および移転、ならびに能力構築および資金調達が、この点で各国を支援できることを認識する。
パラ27. また、地球温暖化を1.5℃に抑制し、オーバーシュートを起こさない、あるいは限定的なものにするためには、深く、迅速かつ持続的な削減が必要であり、世界全体の温室効果ガス排出量を2030年までに43%、2035年までに60%削減し、2050年までに正味の二酸化炭素排出量ゼロを達成する必要があることを認識する。
パラ26では2025年ピークアウトが「世界的なモデル化経路と仮定」に基づくものとされ、単なる「認識」対象となっており、その実現にコミットするものではない。更に2025年ピークアウトがすべての国に当てはまることを意味しないとも明記されている。これは昨年のG20ニューデリーサミット首脳声明と同じで書き方である。パラ27では2035年60%という数字が初めて書き込まれた。ただこの数字の出所もIPCC第6次評価報告書であり、世界的なモデル化経路と仮定に基づくものであることは変わらず、「認識」対象でしかない。途上国の視点からすれば、「世界全体で60%減が必要ならば先進国は80-100%減にして、その分、途上国に炭素スペースを回すべきだ」ということになる。2021年のグラスゴー気候合意で2030年45%減が書き込まれたにもかかわらず、中国もインドも目標を見直さなかった。今回の合意により、中国、インドが2035年60%に整合的な目標を提出する可能性はゼロであろう。
次回:「COP28の結果と評価(2)」へ続く