エネルギー覇権を握るのは米国か中国か
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
ロシアのウクライナ侵攻により、多くの国がエネルギー安全保障に関心を持つようになった。エネルギー安全保障が課題として登場したのは50年前の第一時オイルショックの時だったので、半世紀ぶりにエネルギー安全保障が大きな政策課題として再登場したことになる。
1973年までエネルギー安全保障に大きな関心を持つ国は、ほとんどなかったと言ってよい。主要国のエネルギー需要は大きくなく、多くの国は国内のエネルギー供給で需要を賄うことが可能だった。日本の1950年のエネルギー自給率も96%あった。水力と国内の石炭でエネルギー供給をほとんど賄うことができたのだ。
日本、西欧州経済が第二次世界大戦後の成長軌道に乗るにつれて、エネルギー需要も急増し、自給率は低下したが、中東、南米の油田からの石油が安価に安定的に供給された。主要国の輸入量が増え続ける中でも安全保障が大きな課題になることはなかった。
1973年秋に原油価格が突然4倍に上昇し、親イスラエル国への輸出が制限されたことから、多くの国がエネルギー安全保障への関心を高めることになった。エネルギー供給国がエネルギーを武器として利用することが可能なことに気がついたのだ。
その後、世界では脱石油が進みエネルギー供給が分散された。その結果、世界一のエネルギー輸出国ロシアが、中東に代わりエネルギー覇権を持つようになった。ウクライナ侵攻が、半世紀ぶりにエネルギー安全保障が大きな課題であることを思いださせてくれた。脱ロシアと脱炭素が進む中で、これからは中国と米国が世界のエネルギー供給を左右し覇権を争う時代になる。
安全保障問題への関心がなかった時代
1973年の第一次オイルショックまで、主要国はエネルギー安全保障に無関心だった。1950年時点のエネルギー供給は図-1の通り、石炭が日本でも世界でもエネルギー供給の主役だった。多くの主要国は国内産石炭で国内エネルギー需要を賄っており、当時の関心事は国内炭鉱での生産維持にあった。
第二次世界大戦により落ち込んだ日本の石炭生産量は、1950年には年産3900万トンに達し50年代も増産が続いた。一方、戦後の復興により西欧州、日本を筆頭に多くの国でエネルギー需要が増加した。1950年の世界のエネルギー需要量、石油換算16億7000万トンは、1960年に2倍弱、1970年には約3倍に急増した。
国産エネルギーだけでは供給量が不足し、輸入石油への依存が徐々に高まった。その結果、日本、西欧州、米国のエネルギー自給率は下落し(図-2)、主要国の石油輸入量は増加を続けた(図-3)。この輸入を支えたのは、戦後生産量を急増させた中東産油国だった。1973年には中東は輸出市場の約6割のシェアを持った(図-4)。
第一次オイルショックが変えた安全保障の世界
1973年の第一次オイルショック時、世界は石炭から石油にエネルギー源を変えていた。特に、輸入エネルギーへの依存を高めていた日本では、一次エネルギー供給の4分の3以上が石油だった。世界のエネルギー貿易も石油が9割以上を占めていた(図-5)。
1973年までエネルギー価格が安かった時代には、固体故に輸送費が高く、手間も掛かる石炭の貿易は、鉄鋼用の原料炭にほぼ限られていた。しかし、石油の価格が大きく上昇したこと、さらに米国、豪州、カナダなど政治的に安定した国からの輸入が可能であったことから、石炭が注目されることになった。
中東原油依存度を引き下げるため、輸入国が取った政策はエネルギー供給の多様化だった。石炭に加え、原子力発電、天然ガスも注目を浴び多様化が進み、世界のエネルギー貿易に占める石油の比率は低下した(図-6)。
主要国が進めた多様化の結果、中東の産油国に代わりエネルギー供給の覇権を握ったのは、天然ガス、石油(原油と石油製品)においては世界一の輸出国、石炭では世界3位の輸出国ロシアだった。
ロシアが再び変えた安全保障の世界
第一次オイルショックを契機に、世界の主要国がエネルギー供給の分散を進めた結果、石油中心の供給は石炭、天然ガスにと多様化が進んだ(図-7)。最近では太陽光、風力発電設備の導入も増えた。とはいえ、世界のエネルギー供給の約8割は、依然化石燃料に依存している。電力供給では約6割だ(図-8)。
ロシアは世界一の化石燃料輸出国だ(図-9)。特に欧州向け天然ガス、石炭輸出においてはシェアは約半分にもなり、エネルギー供給を武器として使い、欧州を揺さぶることが可能な立場にあった。
強権国家にエネルギーを依存する危険性を認識した米欧日は、脱ロシア産化石燃料依存を進めている。その一つは、再生可能エネルギー導入増だ。5月に開催された広島サミットでもG7の洋上風力と太陽光発電設備の2030年の導入目標が示された。
現在G7国に2300万キロワット(kW)設置されている洋上風力は、2030年までに1億5000万kW増設される目標が設定され、太陽光発電設備は現在の約3倍の10億kWが目標になった。
再エネに加え、原子力発電への支持も欧州諸国で軒並み上昇した。フランスが中心になりEU27カ国中11カ国が今年2月結成した原子力同盟の加盟国は14カ国に増え、脱原発方針の転換を打ち出したイタリアもオブザーバーとして5月の会合に参加した。
さらに、中期的に注目を浴びているのは水素だ。電気の利用が難しい高炉製鉄、化学、肥料、長距離輸送用自動車、船舶などは、水素を利用すると考えられている。
脱ロシアのため再エネ、原子力、水素の利用を進め自給率を向上させることが、新たなエネルギー安全保障政策となった。
エネルギー覇権を狙う米国と中国
米国は世界一の化石燃料大国だ。世界がネットゼロに向かう中で化石燃料の需要が減少すると考えられるが、米エネルギー省は、昨年8月に成立したインフレ抑制法(IRA法)までの政策が導入される前提では、石炭以外の生産量は減少しないと予測している(図-10)。
今後米国でもネットゼロに向け化石燃料の生産を減少させる法案が、提案されるだろう。しかし、米国経済を支えるエネルギー業界が衰退すれば影響を受ける地域、産業は大きく広がる。
米国エネルギー業界の生き残り策は、水素製造だろう。国際的に高い価格競争力を持つシェールガスを原料に水蒸気改質法により水素を製造できる。出てくる二酸化炭素は捕捉し、貯蔵するCCSを利用する。IRA法の下では連邦政府からの補助制度もあり、コストはさらに下がる。
日本を含む東アジアと東南アジアにアンモニアの形で輸出すれば、大きな市場を獲得可能だ。メキシコ湾岸が生産地になる可能性が高く、液化天然ガス(LNG)の輸出設備も転用することもできるはずだ。
中国も再エネ設備とその原材料の供給を通し、エネルギー覇権を狙っている。世界一の再エネ設備導入国中国は、その市場の大きさを利用し、再エネ設備製造の力を付けた。
風力発電設備と太陽光発電設備供給の中国シェアは高く(図-11、図-12)、EV製造量は世界の約6割を占める。原材料供給シェアも極めて高い(図-13、図-14)。主要国が再エネ導入を進めると、中国依存が深まり、次は脱中国が課題になる。既に、欧州、米国は脱中国に向け具体策を練っている。
どうする日本
再エネ導入を進めると中国依存が高まる。強権国家にエネルギーを依存するのは望ましい姿ではない。米国からの水素輸入は強権国家への依存ではないが、日本まで3週間必要なパナマ運河経由の輸送は、エネルギー安全保障上問題がある。自給率向上には結びつかない。
原発からの電気を利用すれば、二酸化炭素の排出なく水素を国内で製造することが可能であり、自給率向上に寄与する。海上輸送費を掛ける海外水素との比較では、どちらが価格競争力を持つのだろうか。日本は、自給率を再度上昇させる政策を優先的に考えるべきだろう。日本の選択肢は多くない。