G7気候・エネルギー・環境大臣会合について
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
4月15-16日、札幌において開催されたG7気候・エネルギー・環境大臣会合は共同声明注1) を採択して閉幕した。
マルチのプロセスを仕切ることは容易ではない。筆者も2008年にG8+中国・インド・韓国のエネルギー大臣会合を議長国として主催し、共同声明をまとめた経験がある。あの時は閣僚会合が始まる5時間前の午前5時までドラフティング交渉を行いへとへとになったものだ。
今回のG7気候・エネルギー・環境大臣会合には、エネルギー大臣と環境大臣が関与し、2008年当時に比して温暖化防止という点でもエネルギー安全保障という点でもはるかに難しさを増している。まとめあげられた共同声明も40ページ近くと大部である。経産省と環境省の首席交渉官たちの努力に心から「ご苦労様」と言いたい。
健闘した議長国日本
中でも気候エネルギー関連部分は22ページ、49パラグラフに及び、最も交渉が難航した。欧州諸国はパリ協定、グラスゴー気候合意を経てますます環境原理主義的傾向を強めている。ウクライナ戦争によってエネルギー安全保障が危機に瀕して少しはバランスを取り戻すかと思ったが、むしろ脱ロシア化石燃料のみではなく脱化石燃料にますます突っ走っている。バイデン政権の米国もケリー気候特使に象徴されるように環境原理主義的な主張を行っている。他方、エネルギー資源が乏しく、土地が狭隘であり(→太陽光の受け入れ能力に影響)、海が深く(→洋上風力の受け入れ能力に影響)、近隣国との連系線もない日本はG7の中でも際立って不利な立場にあり、お花畑的な再エネ万能論や数値目標に乗っかれば経済やエネルギー安全保障に悪影響が出る。こうした中で日本の国益を損なうことなく共同声明を作り上げることは大変だったに違いない。共同声明を読むと日本は非常によく頑張ったと思う。
第一は石炭火力や電力脱炭素化の取り扱いだ。英国、フランス、ドイツ等は2030年までに排出削減対策を講じていない石炭火力を段階的に廃止することを強く主張していた。昨年のG7エルマウサミットでも石炭火力の段階的廃止がうたわれているが、特定の目標年は設定されていなかった。英独仏等の提案はこれを更に前に進めようというものだ。昨年のG7では電力分野を「2035年までに完全に、あるいは大部分(fully or predominantly)脱炭素化する」との表現があったが、英国、ドイツ等はpredominantly を外すことを提案した。「2035年完全脱炭素化」となれば、石炭どころか天然ガス火力を含む化石燃料火力全体を2035年までに廃止していくことが求められる。最終的には石炭火力の段階的廃止に年限を設けることはなく、電力分野の脱炭素化についてもfully or predominantly が維持された(パラ6)。安価で安定的なエネルギー供給は不可欠であり、天然ガス価格の動向や原発再稼働の進捗が不透明な中でエネルギー安全保障リスクの相対的に低い石炭火力を放棄する合理的理由はない。また石炭火力であってもアンモニアとの混焼等によりカーボンフットプリントを下げることができる。ウクライナ戦争によって石炭依存を高めたドイツが居丈高に他国に石炭フェーズアウトを迫るなど、偽善以外の何物でもない。
また天然ガス投資の重要性を指摘したことも大きな成果である。昨年のG7サミットでは対ロシアガス依存を下げるための欧州のLNG投資を例外的に許容したものの、世界の天然ガス需給ギャップには目を配ったものではなかった。昨年のG20プロセスにおいて、日本はガスの需給ひっ迫が途上国に経済的苦境をもたらしている等の理由でLNG受け入れターミナルのみならず天然ガス全体の投資の重要性を指摘してきた。欧州諸国は自らの天然ガス調達のためにLNG受け入れターミナルを建設しながら、ガス全体の投資の重要性について否定的であったが、日本の考え方はパラ69に反映されている。日経新聞などは「石炭のみならず天然ガスについても段階的廃止」という点を強調している注2) が、共同声明の文言は「遅くとも2050年までにエネルギーシステムにおけるネット・ゼロを達成するために、排出削減対策が講じられていない化石燃料のフェーズアウトを加速させる」(パラ49)というものであり、G7諸国が2050年カーボンニュートラルを目指していることを言い換えたに過ぎない。見出しにすべきは「天然ガス投資の重要性を認識」とすべきであり、日経新聞の報道は本質を見誤っている。
道路部門の脱炭素化については米国がZEVの比率を2030年までに50%にするとの数値目標を主張し、最後までもめたが、ZEVという特定技術に着目するのではなく、バイオ燃料やeフューエルを含め、G7全体で2035年までに道路部門のCO2排出を半減するという技術中立的な文言(パラ79)で決着した。4月にOICA(International Organization of Motor Vehicle Manufacturers)が出した共同声明注3) では道路部門の脱炭素化において技術中立的なアプローチを推奨している。特定技術についてだけ数値目標を設けることは合理的ではない。
原子力に関し、「原子力エネルギーの使用を選択した国々は」という形で主語を限定しつつ、「化石燃料への依存を低減し得る低廉な低炭素エネルギーを提供し、気候危機に対処し、及びベースロード電源や系統の柔軟性の源泉として世界のエネルギー安全保障を確保する」「現在のエネルギー危機に対処するため、安全な長期運転を推進することを含め、既存の原子炉の安全、確実、かつ効率的な最大限の活用にコミット」「今後10年以内に小型モジュール炉を含む革新的な原子力技術の開発及び展開が、世界のより多くの国がクリーンで安全なエネルギーミックスの一部として原子力発電を採用することに貢献する」「小型モジュール炉その他の革新炉の開発及び建設、核燃料を含む強固で強靭な原子力サプライチェーンの構築、原子力技術及び人材の維持・強化」(いずれもパラ70)等の前向きなメッセージが盛り込まれた。反原発のドイツが主催した昨年のサミットよりもはるかに充実した文言である。
加えて水素においてはグリーン水素、ブルー水素といったカテゴリー分けではなく、「炭素集約度に基づく取引可能性、透明性、信頼性及び持続可能性のための水素製造の温室効果ガス算定方法および相互認証メカニズムを含む国際標準及び認証を開発することの重要性」を強調したこと(パラ67)、環境性能の優れた製品、技術による「削減貢献量」に着目したこと(パラ51)、エネルギー転換期のトランジション・ファイナンスの重要性を指摘したこと(パラ55)など、日本が主張してきた点が多く盛り込まれた。
再エネについてはG7全体で洋上風力150GW、太陽光1TWという数値目標が盛り込まれた(パラ64)が、同時にクリーンエネルギーのサプライチェーンにおける人権、労働基準遵守の確保、(特定国・地域への)過度の依存の問題点(パラ65)、再エネやEVに不可欠な重要鉱物の脆弱なサプライチェーン、独占、サプライヤーの多様性欠如による経済上、安全保障上のリスク(パラ66)についても指摘されている。「再エネコストが下がった。従来の電力技術と十分競争可能」という言説はウイグルの強制労働を使い、生産工程で石炭火力を使う中国製パネルに負うところが大きい。サプライチェーンや重要鉱物の安全保障に配慮すれば、そのまま再エネのコストアップ要因になる。野心的な導入拡大目標とどう折り合いをつけるかは今後の課題である。
日経新聞は数値目標に関する議論を特筆大書し、「EVの導入目標や石炭火力の廃止時期など日本は共同声明の随所で数値目標の設定を拒み続けた。議長国ながら米欧が求める意欲的な脱炭素目標に抵抗する場面も目立った」注4) と批判しているが、筆者の見解は全く逆だ。環境原理主義者ケリー特使が幅をきかす米国と、みるべき製造業基盤をもたない英国、ダブルスタンダードお構いなしのドイツ等を相手に、エネルギーの現実を踏まえた合理的な着地点を見出したこと、無意味な数値目標を盛り込まなかったことは、立派であったと思う。環境原理主義者は空虚な数値目標に拘泥するが、これは京都議定書時代のマインドセットと全く変わらない。上記の日経新聞の記事はそうした愚かな思い込みに基づくものであり、「欧米では~」という出羽守的でしかない。気候変動エディターなるものが出現して以来、日経新聞の気候変動関連記事のクオリティが朝日、毎日、東京レベルに劣化していることは嘆かわしい限りである。
温暖化防止目標は相変わらず非現実的
エネルギー面では日本の現実的な主張が相当部分盛り込まれたが、温暖化目標の面では昨年のエルマウサミット以上に非現実的な数字が並ぶことになった。2030年46%減、2050年カーボンニュートラルをかかげる日本として欧米と同一歩調をとらねばならないことは理解できるが、実現可能性のない数字を掲げ続けることにどれほどの意味があるのだろうか。
新聞報道では「2035年60%減という数値目標を書き込んだ」とあるが、原文は「We highlight the increased urgency to reduce global GHG emissions by around 43 percent by 2030 and 60 percent by 2035, relative to the 2019 level, in light of the latest findings of the IPCC」(パラ44)である。これは、そうした数字を含むIPCC報告書の指摘の緊急性をハイライトするというものであり、G7の2035年目標をプレジャッジするものではない。
今回のコミュニケでは「2025年全球ピークアウト」や新興国を念頭に「1.5℃目標と整合性を保つべく、2030年目標を見直し、2050年カーボンニュートラルをコミットすることを求める」(パラ46)とあるが、中国が2030年ピークアウト、インドが2030年以降も排出増を見込んでいる中で、グローバルに2025年ピークアウト、2030年43%削減など絵にかいた餅でしかない。昨年のエルマウサミットでも同様の文言が盛り込まれたが、中国、インドがこれに応ずることはなかったし、今回のような文言がインド主催のG20で盛り込まれる可能性は皆無に等しい。おそらくCOP27と同様、「「パリ協定との整合性に留意し、必要であれば目標を見直す」といった表現に落ち着くはずだ。パリ協定の目標は今世紀後半の全球カーボンニュートラルであるから、2060年、2070年カーボンニュートラルをかかげる中国、インドが痛痒を感ずることはない。中国、インドは「1.5~2℃安定化、今世紀後半のカーボンニュートラル」というパリ協定の目標をグラスゴー気候合意が勝手に引き上げたと考えているはずだ。
カーボンニュートラル経済圏対国益最優先経済圏?
3月に欧米を訪問し、専門家と意見交換を行ったが、「米国、EU、日本は1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルにコミットしているが、中国、インドは同じページにいない。我々は彼らの行動変革を促すようなレバレッジを有しているのか」との問いに対して説得的な回答は一つもなかった。欧州で導入される炭素国境調整措置(CBAM)で中国、インドが行動を改めるとは思われない。
ウクライナ戦争を機に中国、ロシア、サウジ、イラン等の関係が強まり、反西欧連合的なものが出現しつつある。これは欧米主導でカーボンニュートラルを最重要視する経済圏と、中国、インド、ロシア、サウジ等による国益最優先経済圏への分断につながる可能性がある(なお後者もグリーン、温暖化防止、カーボンニュートラル等のキーワードは維持するだろう。前者との決定的な違いは2050年カーボンニュートラルを絶対視しないことだ)。その場合、規模が大きく伸びしろがあるのは後者の経済圏であり、カーボンニュートラル経済圏が国益最優先経済圏に対して貿易措置を講ずれば、より大きな傷を負うのは前者になるだろう。
1.5℃、2050年カーボンニュートラルと心中しかねないG7の主張に途上国が同調するとは考えにくく、G7の経済自傷行為(shooting themselves in the legs)につながるのではないかと懸念する。