緑の党の党是はどこへ行った
三好 範英
ジャーナリスト
ロシアのウクライナ侵略により、ドイツのエネルギー政策が抜本的な見直しを余儀なくされている事情については、これまでも書いた。その後、6月に入り、ロシアのガスプロムはドイツに対するガス供給を約60%減らし、エネルギー需給はますます厳しい状況に追い込まれている。
すでにドイツではエネルギー価格の高騰が続いている。5月の天然ガスの価格は前年同月比で約3倍、石炭は3.3倍、原油は80%の値上がりである。資源価格の高騰でインフレが加速し、5月7.9%、6月7.6%と1974年の第1次石油ショック以来の高率が続いている。
天然ガス供給が減少したままだと備蓄率が下がり、価格高騰どころか、冬にかけて供給の絶対量が不足するかもしれない。厳しいドイツの冬に暖房が満足に使えないとすれば、凍死者も出かねない深刻な事態である。
6月19日に記者会見したローベルト・ハーベック経済・気候保護相(緑の党)は、現在の天然ガス備蓄率が56.7%であり、当面ガス消費量をできるだけ減らし、11月1日には備蓄率を90%にまで引き上げる意向を明らかにした。そのために、150億ユーロのクレジットを用意してガスの買い付けを容易にする、企業がガスを競売にかけられる制度を作る、石炭・褐炭発電所を活用する――といった政策を打ち出した。
ハーベック氏はすでに中東諸国を歴訪し液化天然ガス(LNG)の調達を図ったり、再生可能エネルギーの拡大を進めたりしている。しかし、LNGターミナルの完成は早くて年末だし、再生エネの増設には時間がかかる。
急場をしのぐための現実的な代替エネルギー源としては、原子力発電の活用も考えられる。今年末までに廃棄予定の3基の原発を稼働延長することが、安定供給、価格、気候変動対策のどれをとっても合理的な判断だろう。
筆者は2022年4月24日~29日、ベルリンで行われた「ベルリン欧州アカデミー」主催(資金はドイツ外務省が支出)の研修プログラムに参加した。世界9か国から集まったジャーナリスト、大学教授、シンクタンク研究者が1週間の日程で、ドイツの主要官庁、シンクタンク、議会を訪問して、状況の説明を受け意見を交わす、というプログラムだった。
オフレコだったので詳細を話すことはできないのだが、日本の経団連に相当するドイツ産業連盟(BDI)の専門家の話を聞く機会も設けられていた。
その専門家は、原発稼働延長はあり得ないと断言した。と言うのは、すでに年末に向けて廃炉の準備が進んでおり、もし稼働延長するのならば安全点検などを行わねばならないがそれをする予定はない。経済界の中では残念に思う者、そうでない者が混在しているが、いずれにせよ原発は終わった、と言う。
他方、ベルリン滞在中に会った、ある野党キリスト教民主同盟(CDU)下院議員の政策秘書は、稼働延長は可能という意見だった。
彼によれば、稼働延長ができない理由として原発技術者が早期退職していることが指摘されるが、技術者にきちんと手当を払うから戻ってくれと頼むことは可能だ。保険の適用が終わっているとも言われるが、それも国が保険を掛ければよい。
つまり、政治的意思があれば解決できる問題だ。ただ、原発企業も稼働延長する意欲はない。国民はもう何十年も原発は危険と言われ続けて来たので、賛成派が多数になることはない。原発は安全と言えば、政治の信頼にもかかわる――ざっとこんな話をしていた。
しかし、4月の公共放送ARD放送の世論調査によると、原発の稼働延長に賛成が53%、反対が38%となっている。政策秘書の見方はやや古い感覚かもしれない。
連立与党である自由民主党(FDP)の議員の中から、原発稼働延長を求める声が出始めたのも、こうした世論の変化を背景にしているのだろう。
ただ、脱原発は緑の党のルーツとでもいうべき政策である。また経済界にも、これまで政府のエネルギー政策には振り回されてきたから、今更稼働延長と言われても、と言う雰囲気があるようだ。
私が取材した範囲で総合的に判断すれば、原発稼働延長はもうないと思う。とすれば、現実的な代替エネルギーとして残っているのは石炭発電しかなく、温室効果ガスが増加するのは承知のうえで、休止している発電所を再稼働して浮いた分のガスを備蓄するしかない。
公共放送MDRによると、脱石炭の一環として、完全な廃棄の前段階の準備段階においている褐炭発電所が少なくとも5ブロックあり、ガス発電の5~10%を代替可能だという。政府が決めれば10日以内に再稼働できる。
それにしても、石炭、原子力とも、緑の党が目の敵にしてきたエネルギー源である。しかし、ハーベック氏が石炭発電所の活用を決め、一時は原発稼働延長を示唆したこともあったが、党内からさほど強い反発はなかった。
ハーベック氏は経済界からはその現実的な姿勢が評価されているという。政治家であれば、現実に即応した柔軟性は必要で、そのこと自体評価するにやぶさかではないが、福島第1原発事故の際、緑の党やドイツメディアのイデオロギー過剰な主張をさんざん聞かされた身としては、わだかまりが残る。
当時私はベルリンで新聞社の特派員をしており、事故にもかかわらず日本が脱原発に転換しないのは、 原子力村(ドイツ語でAtomlobbyと言う言葉がよく使われた)の意向に操られた日本メディアが、事故を過小評価し真実を伝えていないからなどと、ドイツメディアが報じるのを、苦々しい思いで見ていた。
こうしたドイツ人にありがちな「上から目線の」態度については、拙著「ドイツリスク」(2015年、光文社)に書いたが、公共放送ARDの6月20日放送では、同局の記者が、「脱原発は間違いだった」として原発稼働期間の延長を主張していた。こうしたドイツメディアの変化をみると、「あなたも原子力村に屈したのですか」と皮肉の一つでも言いたくなる。
これまで原理主義的に気候変動の危機を訴えてきた人々にとって、ガス供給が絶えるのはむしろ僥倖ではないのだろうか。石炭発電所再稼働に反対する大デモを起こして欲しいと思う。
これまでも何度も書いたが、エネルギー問題でのドイツの主張は、過剰なイデオロギーで事実がゆがめられたり、希望的観測に過ぎなかったりするケースが多いから、その本気度や実現可能性についてよく見極めることが大切だ。