核融合を可能にしたイノベーション(その1)

機械学習


元慶應義塾大教授、1990年代から国の核融合関連委員会にも関与

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 以前、たゆまぬ技術開発によって、核融合が人類の手に届く所まで来たことを書いた。ところで技術史的な観点からは、およそイノベーションは、直接の技術開発だけではなく、科学技術全体のイノベーションによっても支えられている。今回は、その一例として、データ分析技術の進歩が核融合研究を発展させてきたことを紹介しよう。それは50万キロワットの核融合熱出力を目指して建設中の核融合実験炉ITERの大きさを決めた方法だ。

 現時点では世界最大級の核融合装置JT-60SA(日本)やJET(欧州)と比べて、ITERは直径で一気に2倍も大きくなる。それを実現するための技術は、機械工学、電気工学、材料工学、制御工学など、すべてで最先端のものが必要とされ、まさに最新技術の集大成である。ただし、その中心にある核融合プラズマについては、それを支配する物理が非常に複雑で、現在のスパコンをもってしても、完全には解明しきれていない。装置が大きいほど性能がよくなるとは予想できるが、関係する要素は極めて多数で、大きさに比例するというほど単純でもない。それでは、ITERの設計では、どうやってこのプラズマの大きさを決めたのだろうか。その予測法こそ、ITERのための最初のイノベーションであった。

 ITERの設計に使われた性能予測法は、今でいう機械学習によって世界の実験成果を集大成したもので、ITERスケーリング、と呼ばれている。

 機械学習とは、途中のプロセスが解明できていなくても、入力と出力の大量データ(ビッグデータ)から、AIプログラムでその関連性を自動学習し、任意の入力に対してその出力を予測することを可能とする手法の総称である。いまではAI関連でよく聞く言葉になった。例えば、自動運転も顔認識も、機械学習がその基盤だ。理論だけでは複雑すぎてまだ予測しきれないものでも、機械学習によって高い確率で予測できるようになる。

 ITERの目標は、5万キロワットの加熱パワーによって核融合を起こし、その10倍の50万キロワットの核融合出力を発生させることだ。その実現に必要なプラズマの大きさを予測したITERスケーリングは、世界中の実験によるビッグデータをもとにした予測式である。この式の構築が行われた1990年代には「経験則」などと呼んでいたが、今風に言えば機械学習に他ならない。ITERは、20年以上も前に、現在のAIの基盤となる機械学習を先取りしていたのだ。
 は、縦軸が当時までに世界にあった実験装置11基の実験結果(閉じ込め性能)で、横軸は、その実験の条件から予測した結果を示す。全装置の結果が、右上がり45度の直線にほぼ乗っているのは、式が現実の実験結果をうまく言い当てていることを表す。すなわち、正しく学習できているわけだ。
 そしてかなり離れて右上に描かれた赤印が、この予測式にもとづくITERの性能予測値だ。それまでに実現していた実験の最大値より5倍以上も大きな値になる。ITERの設計は、この予測を基準に大きさを決めて進めたのだ。


ITER Physics Expert Groups on Confinement and Transport and Confinement Modelling and Database,
Nuc1ear Fusion Vol.39 (1999).
https://www.afs.enea.it/vlad/Papers/ITERPBch299nf.pdf

 ITERの完成は2025年頃である。そのあと調整期間や改造を経て2035年頃に、加熱入力の10倍の核融合出力を目指す。ITERは、機械学習予測における史上最大の実験と言えるのではないだろうか。

 このように、核融合研究は、データ分析技術の進歩に支えらえて飛躍的に発展した。今後についても、あらゆる科学技術は進歩を続ける。それは核融合の未来を一層明るくしてくれるだろう。