ポストコロナの中国の状況から見えてくるもの
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
IEAはコロナウィルス禍により2020年のエネルギー起源CO2排出量が前年比8%減になるとの見通しを示した注1)。
これはロックダウンによる世界レベルの景気後退を考えれば当然のシナリオであるが、問題は経済が回復基調になったときにCO2排出量がどうなるかである。IEAのファティ・ビロル事務局長は3月14日の意見広告において、「クリーンエネルギー投資を景気回復策の中核に据え、2019年をピークアウトの年にすべきだ」と述べている。筆者は「IEAはエネルギーの現実を見据えたメッセージを」注2) においてこの見解に異を唱えたが、その当否を占うには、先行してコロナ禍を脱却したと自称している中国の動向を見るのが最も早道であろう。
5月19日のブルーンバーグニュースで「中国において状態への復帰は大気汚染の再発を意味する」との記事が出ている注3) 。Center for Energy and Clean Airによると中国のNO2、O3、PM2.5、SO2濃度は既にコロナ以前の水準を上回っているという。
またNikkei Asian Review によれば、中国はCOVID-19でダメージを受けた経済を浮揚させるため2020年第1四半期で6基、10ギガワットの新規石炭火力発電所建設を認可した注4) 。そのうち4つは石炭産出地域である陝西省、1つは広東省、残る1つは内モンゴルである。これは昨年1年間の実績とほぼ同等である。2008-2009年の金融危機でも景気回復のため石炭火力発電所の建設ラッシュが起きている。
また中国では景気回復のため第1四半期で1.1兆元(1550億ドル)の地方債が追加発行され、今年中の地方債発行総額は4兆元(5636億ドル)にのぼる見込みだという。第1四半期に発行された地方債の86%は道路、鉄道、駐車場を含むインフラ建設に使われている注5) 。3月の共産党中央政治局常務委員会で習近平国家主席は5G、データセンター、ブロックチェーン等の情報インフラ、科学技術、教育等のイノベーションインフラ、高速道路交通システム等を内容とする新インフラ建設を加速するとの方針を打ち出したが、2020年の当該分野への投資額は4000~5000億元であり、インフラ投資全体のごく一部であると言われている注6) 。
世界最大の排出国である中国がこの状況なのであるから、2019年をピーク年にという議論の実現可能性は限りなく低いと言わざるを得ない。更に未だコロナ危機の渦中にあるインド、ASEAN、アフリカ等の国々が、経済回復の中でクリーンエネルギー投資をどれだけ盛り込むかについても、こうした中国の事例を念頭において考えることが好むと好まざるとにかかわらず現実的ではないかと思われる。景気回復パッケージをグリーン投資でという議論が盛り上がっているが、皮肉に言えば、現実がそうなっていないが故に、環境ロビーの人びとが危機感を募らせて声を挙げているという構図ではないだろうか。