エネルギー・環境ビジネスにおけるシナリオプランニングの手法(5)

コロナ自粛に悩む経営戦略スタッフのために


東京大学公共政策大学院 元客員教授

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帰納的アプローチと演繹的アプローチ

 シナリオプランニングの手法を紹介します。筆者は筋金入りのシナリオプランナー。本稿で「シリーズ1:コロナ自粛に悩む経営戦略スタッフ」を終えます。

 さて、企業の長期経営戦略策定プロセスにシナリオプランニングを使う際に、適切な実践技法とは、どんな技法か。
 前稿で、シナリオ作品の制作方法に、帰納的アプローチと演繹的アプローチの2つがある、と紹介した。どのような手順でシナリオ作品の基本フレームワークを見出すか、というところにかかわる区別である。
 帰納的アプローチでは、ワークショップ等で集めたたくさんのデータカードを、現在から未来に向かう時系列上に並べながら、将来の帰結に至る筋道が追えるストーリーを、いくつも書いてゆく。時間軸に並んだストーリーたちが、大きな画面の上で一同に会する。ここで、異なったストーリー同士が干渉しあったり、衝突したり、融合を始めたりする。この自然な成り行きを生かして基本フレームワークを作る。
 帰納的アプローチでは、例えば、以下のような途中作業が見られる(この図は、第4回投稿で掲載した図の再掲です)。

 演繹的アプローチは、違う。
 このアプローチでは、シナリオプランナーが、集まったデータカードを鳥瞰し、極めて初期の段階で、直観的に演繹的に、ガンリキで、複数の未来世界を描くための基本フレームワークを見つけてしまう。
 典型的な演繹的アプローチは、こうだ。
 大画面に縦横2つの軸を置いて、4象限に区切るマップが用意される。まず、不確実性が高くて経営への影響が大きいデータカードを2つ選ぶ。最初のカードを縦軸に置き、異なる未来展開の極限の帰結、「とどのつまり」、を上下に書き分ける。例えば、成功と失敗。例えば、国際安全保障の緊張と緩和。次にもう一つのカードを横軸に置き、「とどのつまり」を左右に描き分ける。例えば、協調と疎外、変化への恐れと変化を歓迎!・・・
 こうして大画面に十字架図が現れ、4象限が現れ、それぞれの象限に、不確実性の組み合わせが異なる4つの未来の経営環境、が描けるようになる。
 それから、各象限に異なるストーリーを埋め込んでゆき、4つのシナリオが充分に差別化された印象を与えるように、シナリオ作品を整える。
 典型的な演繹的アプローチでは、下図が現れます。

 ここで、演繹的アプローチに従う場合は、事前のリサーチやクライアントを交えたワークショップの中で得られたたくさんのデータのうち、あるものはシナリオストーリーの中に取り込まれ、あるものは捨てられるだろう、という事情が分かる。それが方法論上許されるのだ。
 もうひとつ。帰納的アプローチと比べて、未来時間の掴まえ方の違い、を分かってほしい。演繹的アプローチでは、2020年の「今、ここの」自社の姿、市場や顧客やステイクホルダーとやりとりしながらダイナミックに経営している自社の現実、から、一挙に「10年後2030年未来の」ビジネス環境に飛んで行く。

 さて、結論である。
 企業の長期経営戦略検討にシナリオプランニングの手法を用いる場合には、断然、帰納的アプローチが使い勝手がいい。
 経営戦略ディスカッションとはつまるところ、自社が何年先に、どんな姿になっているべきか、を、経営陣が、集合的に理解して、それを目指したアクションを、時間軸に沿って整合的に構築してゆくのが目標だろう。シナリオプランニングの手法をこのプロセスに投入せねばならない。
 対して、演繹的アプローチを使うと2020年の「今、ここの自社」から、「10年先未来の自社」のビジネス環境に飛んでしまう。つまりですね、経営企画部門が社内で戦略ディスカッションを仕掛ける場合には、「いま、ここ」の現実と、「長期未来にそうなりたい自社」、との間に、ディスカッションの真空があってはならんのです。現在から未来に時間軸を置いてストーリーを書こうとする帰納的アプローチが優れるのは、このポイントです。
 言い方を変えてみる。
 経営トップたちは、演繹的アプローチのディスカッションを経て、10年後の、望ましきビジネス環境が理解できた。経営陣としては、10年後、こんな事業環境が現実化しているのなら、社業が隆盛するのだろう、と見通せたのだが・・・現業部門としては、それでは、今年、来年、3年後に何をすればいいのか、どうすればいいのか? と戸惑う。現在から長期未来に至る「足どり」、つまりアクションプランが書きにくいのだ。あるいは「足どり」が、幾通りにも想像できてしまうのだ。これでは、会社がまとまらない。

 以下、違う論点を書きます。
 経営陣のワークショップに帰納的アプローチを採用すると、実は、別の効用が現れます。参加者はワークショップで、それぞれに、自分が注目するデータカードたちと、それらを繋ぎ合わせようとするストーリーに、個性と主張を出してくる。ワークショップは正式な意思決定の場ではないから、不十分な論拠のままでも自由闊達に発言ができる。このプロセスが貴重なのだ。参加者めいめい、どのカードに注目し、どのカードとつなぎ合わせてストーリーを語り、戦略意思決定のためのコンテキストを作ろうとしているか、経営トップたちが、お互いに観察と洞察を得るのだ(そして、事務局も)。
 シナリオプランニングの手法では、必ず、複数の未来像を描く。それぞれの未来像があたかも同じ確率で出現するごとくに描かれなければならぬ。これが、ルール。このルールが、実に使い勝手がよい。つまり、参加者たちが提案している、いくつかの異なったコンテキストは、複数の未来像=シナリオとして扱えるのだ。それぞれを公平・平等に備忘録に残せばよい。つまり、経営トップたちは、意思決定のためのコンテキスト=ビジネス環境分析、については、当面、複数の見解の併存を許しておこう、と合意しておる、ということなのだ。意思決定には、まだ、早い・・・ このような、シナリオプランニングの手法の効用については別途書き起こしたい。

 最後に、重要な付言をします。
 演繹的アプローチを採用するフレームワークが、すごく威力を発揮する場面があります。それは、既存の発想、既存のビジネス、既存のステイクホルダーから、いったん我が身を引き離して、目新しい世界を見、飛躍的に新しい着想を得たいケースです。ここではシナリオプランニングの思想と技法が、企業内イノベーション運動に近づいてゆき、そして、この運動の一部となってゆく。イノベーションのネタは常に「既存」の外側にある。とりわけ市場と顧客の「場」にあるだろう。統制のとれた、強くて効率的な社内組織、強い現場はもちろん大事ですが、それはオペレーションのために重要であっても、イノベーションの出発点とはなりえない。想定外の新技術、急速な顧客のし好の変化。新しいビジネスモデル。イノベーション運動は「既存」の外側にある、モノとコト、との出会いを求める。
 演繹的アプローチは、このような「出会いの場」を作れます。シナリオプランニングの手法はここでもおおいに活躍するのですが、別稿に譲ります。

 次回から新しいテーマで書き始めます。
 シナリオプランニングの手法、シリーズ2:コロナ禍を考える(仮題)