変わる石油の地政学、変革を迫られる石油会社
米政府は油価維持に関心、株主は気候変動対策求める
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2019年7月号からの転載)
1990年8月、クウェートに侵攻したイラクに対し、米国を中心とする多国籍軍は翌91年1月、イラクを空爆し湾岸戦争が始まった。対空砲火が鳴り響くイラクの首都バグダッドのホテルからのCNN特派員による実況中継は、世界中を驚かせた。
イラクのフセイン政権は2003年、大量破壊兵器を保持しているとして米国を中心とした連合軍の侵攻を受け、崩壊する。この戦争はイラク戦争とも言われ、目的は米国による石油権益と資源の確保だったとの説が根強く流れた。
当時、米国の原油生産量は減少を続けていた。ピーク時の1970年に日量約976万バレルだった生産量は、93年には同約685万バレルとなり、輸入量(同約866万バレル)を下回るレベルにまで減少していた。生産量の落ち込みは、カナダ、サウジアラビア、ベネズエラなどからの輸入で穴埋めした。中東をはじめとする産油国が米国の原油供給に果たす役割は大きく、米国は供給確保のためにも中東に関与していたといえる。
いま、中東ではイランと米国の関係が悪化し、イランはホルムズ海峡封鎖までほのめかしている。しかし、現在と湾岸戦争、イラク戦争当時とでは決定的に違う点がある。2000年代後半からのシェール革命によって、米国ではシェールオイル生産量が増える一方、原油輸入量が2005年をピークに減っている。米国にとって、中東の原油生産量、埋蔵量は死命を制するものではなくなったのである。2018年末には週間データで、原油の輸出量が輸入量を上回ることも瞬間的に起きた。
米国にとって重要なことは、国内の原油生産者が財務的に困難な状況に陥ることがない原油価格水準と、米国の消費者が不満を持つことがない価格レベルの維持に移ってきているだろう。米国の対イラン制裁で、イラン原油の世界市場への供給量が落ち込んでも、米国の消費者が憤りを感じるほどのガソリン価格にはなりそうもない。そのため、米国はイランへの制裁強化を続けることができる。
米政府の関心が、エネルギーの安定供給(安全保障)から価格問題に移ることによって、米国系の石油会社も影響を受けることになるが、多国籍石油会社をいま悩ませているのは、気候変動問題への取り組みを要求する株主、投資家だ。中国やサウジの石油会社を除くと、世界の3大石油企業であるエクソン・モービル、ロイヤル・ダッチ・シェル、BPは、株主から気候変動問題に取り組むことを要求されている。事業に伴って自社が排出する温室効果ガスだけでなく、製品を使用した顧客の排出にまで責任を求める声が株主から上がっている。
米国と中東の地政学
米国は世界第2位の石炭産出国であり、石炭輸出国である。天然ガスの生産量もシェール革命で増え、いまや世界一の産出国で純輸出国になった。原油は依然輸入しているものの、輸入量は減少を続けている。米エネルギー省は、2020年に一次エネルギーの輸出量が輸入を上回り、エネルギー自給率100%が達成されると予測している。米国の原油生産量と輸入量の推移を図1に示した。
1990年代、米国の中東政策のポイントの1つは、原油利権の確保と維持にあったことは間違いないが、シェールオイル生産量の増加に伴い、米国の中東原油への量的な関心は薄れ、目下の関心事は適切な原油価格の維持にあると考えてもいいだろう。
原油価格の下落は、トランプ米大統領の支持基盤の1つ、石油業界に打撃を与え、原油やシェールオイルの生産地であるテキサス州、ペンシルベニア州などの経済に打撃を与えることになる。一方、原油価格(ガソリン価格)の大きな上昇は、米自動車メーカーが得意とし、利益の大きな部分を稼ぎだす小型、中型トラックの販売に影響を与えることになる。
イラン、ベネズエラ両国は、米国の制裁により原油生産量を大きく落としている。しかし、両国からの原油輸入量が減少している米国に大きな影響はなく(図2)、米国内のガソリン価格も若干上昇しているものの米ガロン当たり2.7ドル(1ℓ当たり約80円)程度に収まっている。
変革を迫られる国際石油資本
米政府が中東の石油資源への関心を失う中、米国系国際石油資本は“内部”から会社の将来性に疑問を突き付けられている。
エクソン・モービルの売上高は、ウォールマートに次ぎ全米2位の2900億ドル(約32兆円)である。と同時に、原油、天然ガス生産に伴って温室効果ガスを排出し、さらにガソリンなどの消費に伴って二酸化炭素が排出されることから、気候変動対策を迫られる企業の1つになっている。
同社の2017年の株主総会で、ニューヨーク年金基金の管理者は、同社が直面する気候変動リスクを開示するよう株主提案し、62.3%の賛同を得た。
今年の株主総会でこの管理者は同社に対し、「パリ協定順守のため温室効果ガス排出目標を定めること」との株主提案を行う予定だった。しかし、同社は「本提案は日々の操業を管理することになり、(事細かく指示を出す)マイクロマネージメントに相当するため株主提案として不適当」と米証券取引委員会(SEC)に申し立て、SECは今年4月、この申し立てを認めた。
エクソン・モービルは今年3月、欧州連合(EU)議会の委員会で気候変動懐疑論に関する公聴会が行われた際、欠席し、一部議員から、同社の代理人の議会通行許可書を没収する提案が行われた。正式な召喚ではなかったため没収には至らなかったが、一部の研究者は同社の気候変動への取り組み姿勢を疑い、非難している。
また、5月21日に開催されたBPの株主総会では、「パリ協定の目標に沿った事業計画の実施を同社は実証すること」との株主提案が行われた。この提案は99%以上の賛成で認められた。
さらに、一部の投資家からは「BPは自社の温室効果ガス排出および自社製品を使用した顧客の排出に目標を設定すること」との株主提案が行われた。しかし、同社取締役会は「顧客の消費をコントロールすることはできないし、第三者の目標を設定することは適切ではない」と反対し、賛成は8.35%にとどまった。同様の提案は昨年、ロイヤル・ダッチ・シェルの株主総会でも提案されたが、否決されている。
エネルギー企業に温室効果ガス排出の目標設定を要求するのは簡単だが、途上国の輸送部門を中心に化石燃料への根強い需要が予想されている。企業に排出目標設定を要求する株主は、途上国の持続可能な発展をどのように達成するのか具体的な展望を持っているのだろうか。