環境・エネルギー問題を理解できないトランプ大統領と朝日新聞
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
トランプ大統領、もう少し気候変動問題の勉強が必要ですよ
米国が記録的な寒波に襲われている。シカゴの気温が北極より低いと報道されている。トランプ大統領は1月29日ツイッターで、「中西部の気温は史上最低記録だ。数分間も外に出られない状態だ。地球温暖化はどこへ行った。帰ってきてくれ。必要としているよ」。と呟いたが、北米の寒波は地球温暖化の影響の可能性が大きいとカリフォルニア大学を初めとした、いくつかの大学の研究者から指摘されている。トランプ大統領の理解とは異なり、温暖化が寒波を引き起こしているとの説だ。
北極が温暖化することにより、北極圏の極渦と呼ばれる超低気圧が北米、欧州大陸などに押し出されるというのだ。ノルウェー極地研究所によると1980年から2010年の間には4年、極地の気温が上昇する現象がみられたが、ここ5年中では4年に、この現象が観測されているとのことだ。今年も気温は高めの推移をしている。カリフォルニア大学の研究者のホームページに掲載されている今年の北極の気温変化は図-1の通りだ。
大手マスコミもエネルギー政策の勉強が必要ですよ
勉強するのが必要なのは、トランプ大統領だけではないようだ。一部大手マスコミのエネルギー・環境政策に関する知識の欠落とご都合主義には呆れるばかりだ。昨年の北海道での停電時には、「電源の多様化をしていなかった北海道電力のため停電が発生した」と言わんばかりの記事を掲げ、九州電力の再エネ出力制御時には、「出力調整が難しい原子力発電所を再稼働したため再エネの引き取りが妨げられた」との記事を掲げた。
電源を分散すれば安定供給には寄与するが、原発を止めれば安定供給は妨げられる。主張は一貫しておらず、エネルギー政策で重要なことは何か考えていないような記事だ。主張に共通しているのは、電力会社あるいは原発が嫌いということだけのように思える。電源を分散すれば、当然発電コストは上昇する。原発の発電量を落とし再エネで代替しても、コストは大きく上昇する。両主張に完全に抜け落ちているのは、コスト、電力価格の観点だ。原発が嫌いなマスコミは消費者にとり極めて重要な価格よりも、もっと重要視すべき点があるとも思っているようだ。
公共の利益(消費者の利益)と太陽光発電事業者の利益を比較し、事業者の利益が優先するともとれる主張を行うマスコミも出てきた。1月14日付朝日新聞「再生エネ、使い切れない矛盾」だ。記事中には「政府は、再生エネを主力電源化すると掲げるが、フル活用されない矛盾をどうすればいいのか」とある。
太陽光発電事業者の利益が公共の利益よりも優先?
記事は、九州電力の再エネの出力制御により、事業者が失った収益の話から始まっている。紹介されている事業者の1社は100万円、もう1社は1100万円の減収になったとされている。10月、11月で想定発電量の約1.4%、一般家庭の電力使用量4万6千世帯の2か月分に相当する量が出力抑制されたためだ。
事業者は減収だが、この減収分により消費者が支払う電気料金が少なくなることには記事は全く触れていない。太陽光発電設備からの電気は固定価格買取制度により高値で購入されている。今年度の消費者の負担額は1kWh当たり2.9円だが、想定されている買取量と実績値が異なった場合には、翌々年度までの賦課金額で調整されることになっている。
再エネの発電量が制御されれば、消費者が負担する賦課金額の計算結果も異なってくる。制御により発生する事業者の減収分は、消費者の負担額の減少額になるが、消費者の利益は、朝日記者の関心事ではないようだ。
原発が出力制御を引き起こした?
朝日記事では、出力制御の原因の一つは原発再稼働にあるとし、「結果的に原発が再エネの受け入れ余地を狭めた」としている。原発が出力制御を引き起こしたような書き方だが、朝日新聞は、原発の出力を落とし再エネの受け入れ量を増やすことが、電力価格が上昇しても、望ましいと考えているのだろうか。そんなことを行っている国はない。
出力制御は、欧州でも、中国でも、米国でも行われている。最近のドイツの電源別発電量推移は図-2の通りだ。再エネの発電量に関係なく、原子力は一定の発電を行っている。当たり前だが、それが経済的だからだ。再エネの発電量が国内需要量を超えた時には、まず輸出を行うが、輸出相手10カ国の電力需要を考慮しても供給過剰が避けられない時には、出力制御を行うしか方法はない。ドイツでも年間2%から3%は制御されている。中国の風力発電の出力制御量は年間10%を超えている。今年の政府の制御目標は10%だ。米国カリフォルニア州の制御量の推移は図-3だ。
不安定な発電になる再エネからの供給量が需要量を超えた時には、制御は避けられない。その理由は原発からの電力供給が調整できないからではない。再エネ設備が需要に合わせ発電を行うことができないからだ。
原発が再エネの変動調整を妨げる?
記事は、電力の4割を風力発電で賄うデンマークでは天候により再エネの出力が変動するので柔軟な電源が必要とし、電力システム管理者の発言、「我が国にとって柔軟性の方が大事。原発は柔軟な調整ができない」を紹介している。原発が硬直的な運転で(再エネとの)両立が難しい場面が出始めたと記事は続く。
デンマークの電力需要量は日本の30分の1しかない。発電設備1580万kWのうち、風力550万kWを中心に再エネ設備が810万kW、石炭火力430万kWを主体に火力発電設備が760万kWだ。柔軟性が必要であれば、負荷変動に追従が容易なガス火力を主体にすべきだが、負荷追従に時間がかかる石炭火力が主体だ。その理由はコストだ。既に家庭用電気料金世界一(図-4)のデンマークがコスト競争力のある石炭を失えば、電気料金はさらに上昇する。それでは、原発のないデンマークは風力発電の変動を調整できているのだろうか。
風力主体のデンマークは気候変動問題の影響を受けている。昨年の夏、欧州では雨が降らず好天が続いた。晴天で風が吹かなかった。デンマークでは、太陽光発電量は伸びたものの風力発電量は大きく落ち込んだ。国内の発電設備では需要を賄うことができず、周辺3か国からの電力輸入量を増やすことで停電を避けることができた(図-5)。
デンマークが不安定電源の再エネを大量に導入することができたのは、電力需要量が大きくなく周辺国との電力輸出入で需給調整が可能だからだ。原発がないから再エネの大量導入が可能だった訳ではない。柔軟性は電力輸出入で確保しており、仮にデンマークに原発があっても事情は全く変わらないだろう。再エネと原発の両立ができていない国はない。
いい加減にご都合主義の主張をやめなければ、賢明な読者はそのうち主張の矛盾に気が付くだろう。それとも一部の大手マスコミは、賢明な読者を相手にはしていないのだろうか。