「宇宙」からの温室効果ガス観測
松浦 直人
国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA) 第一宇宙技術部門 宇宙利用統括 兼務 地球観測研究センター長
2018年10月29日13時08分、穏やかな秋晴れのもと、温室効果ガス観測衛星2号(「いぶき2号」)を搭載したH-IIAロケットが、種子島宇宙センターから打ち上げられました。
ロケットから分離した「いぶき2号」は、高度613kmの地球を周回する軌道に無事投入されました。
「いぶき2号」は、2009年1月に、日本が世界に先駆けて打上げた温室効果ガス専用の観測衛星、初代「いぶき」の観測精度・能力をさらに高めた後継機です。なお、「いぶき」は、目標寿命5年を大幅に超え、10年たった今(2019年1月現在)でも、観測を続けています。
「いぶき」と「いぶき2号」
「いぶき」はこれまでの観測で、宇宙から温室効果ガスであるメタンと二酸化炭素の分布を観測することが可能であることを実証してきました。メタンや二酸化炭素の観測は、地上からでも可能ですが、センサ設置場所周辺のデータしか取得することができません。広い分布を把握しようとすると、宇宙からの観測が必要になります。宇宙からの温室効果ガス観測データにより、各国がどのくらい温室効果ガスを排出し、吸収しているかが分かれば、温暖化対策のための主要な判断材料となり、より良い政策決定に貢献できると考えています。
今では米国、中国、欧州など、各国が競い合うようにして温室効果ガスを観測する衛星を打ち上げています。こうした動きに先鞭を付けたという意味で、「いぶき」が果たした役割は大きいと思います。
そして、「いぶき2号」では、人々の活動に由来する二酸化炭素の排出量をより精度高く推計するために、一酸化炭素を観測対象に加えたり、大都市や工業地帯などの大規模排出源の観測を強化したりするなどの能力向上が行われており、衛星観測データが政策上の意思決定に使われることを目指した技術実証を行っています。
宇宙技術によるパリ協定への貢献 -「共通の物差し」となることを目指して-
昨年12月、ポーランドのカトヴィッツェで開催された第24回気候変動枠組み条約締約国会議(COP24)では、パリ協定のルールブックであるパリ協定実施指針が採択され、これにより、パリ協定は、実行段階に移行することとなりました。
パリ協定実施指針という共通ルールの下、すべての締約国が、気候変動に関する政府間会合(IPCC)が作成する排出量算定ガイドライン(インベントリガイドライン)に従い、温室効果ガス排出量(インベントリ)を報告することが求められています。各国は、自国のインベントリ報告が正確であることを自ら評価しなくてはなりません。各国が行うこの報告の透明性と客観性の確保は、パリ協定を実効的なものとしていくうえで、大変重要な要素です。
そのためには、共通の物差しが必要です。
人工衛星は、宇宙から温室効果ガスの分布を広く、全球にわたって観測できることに加え、地球全体を単一のセンサで測定します。測定機器の性能や観測手法の違いによる影響を受けずに、均一の尺度で網羅的に測定することが可能なため、私たちは衛星観測データが共通の物差しとして、パリ協定の実現に貢献できると考えました。
現在、日本が中心となって、米国や欧州の宇宙機関とこの目標を共有し、それぞれが運用する衛星観測データが同じ結果を示すことを互いに確かめる協力を推進しているところです。そして、整えられた衛星観測データは、オープン・フリーで、世界中のインベントリ関係者や研究者などへ広く提供される予定です。
最後に
気候変動への対応は人類の共通課題です。人類が持続可能な環境の実現に向けて正しく意思決定し行動するためには、長期的な視点で、詳細かつグローバルな観測により、可能な限り正確に気候変動の現状を把握し、人類の活動が気候変動に与える影響を精緻に予測することが必要です。
衛星による温室効果ガス観測技術を持つ機関として、信頼性の高い衛星観測データを途切れなく提供していくため、JAXAは、世界の宇宙機関や研究機関と協力しながら、課せられた使命を果たしていきたいと思います。