低炭素社会の実現に向けた水素エネルギーについて(1)
-熱需要におけるCO2フリー水素による化石燃料代替-
矢田部 隆志
東京電力ホールディングス(株)技術・環境戦略ユニット技術統括室 プロデューサー
【3】水素エネルギーの国内情勢と現状
環境・エネルギー政策において、水素エネルギーが活発に議論されている。2014年4月に閣議決定された「エネルギー基本計画」において、水素社会実現に向けた取り組みの加速が明記され、それを受けて2016年3月に「水素・燃料電池戦略ロードマップ」が改定された。このロードマップでは、水素エネルギーの課題解決策を技術開発と時間軸の視点から大きく3つにフェーズを分けて示している(図4)。
短期的なフェーズ1では、定置型燃料電池や燃料電池自動車の普及など「需要」の喚起を謳う。例えば、定置型燃料電池の場合、発電スタック(発電する素子部分)は水素を燃料として稼働するが、家庭に水素を供給する技術が確立していないため、都市ガス・LPガスなどから水素を製造する化石燃料改質技術が用いられている。このように、化石燃料改質方式を中心に既存の水素製造技術を基礎としつつ需要を増やすことを目指している。
中期的なフェーズ2では、喚起された水素の需要を満たすために供給力の確保を目指すとしている。大気中へのCO2排出削減の観点からはCO2を回収・貯留・利用技術(CCS・CCUS)との組み合わせが求められるため、これらの技術開発も必要となる。なお、豪州で褐炭(化石燃料)改質とCCSの組み合わせた水素製造構想が進められている。輸送途上で発熱の可能性があるため輸送困難な褐炭を、産出地で水素に変換し輸入するという新しいエネルギー供給構想である。これはフェーズ3へと連続的に繋がっていくものとしている(図5)。
これらのフェーズにおける水素は化石燃料からの改質が主流である。フェーズ1は天然ガス、フェーズ2は褐炭であり、利用段階においてCO2の排出を伴わないとしても、化石燃料由来の水素は製造段階でCO2の排出が伴うため、本質的にはCO2フリーのエネルギーとはならない。
またフェーズ2は海外で化石燃料から製造した水素を輸入するため、原油・天然ガスなど賦存地域の偏りによる地勢的リスクは軽減するものの水素製造国との互恵関係に依存するものであり、国の安全保障上、課題を残す。
一方で、このロードマップで長期的なフェーズ3に記載された再生可能エネルギー由来の水素とは、水の電気分解(水電解)によって製造された水素である。水電解で水素を製造する技術を「Power to GAs(以下:P2G)」と呼ぶ。例えば、太陽光や風力などの再生可能エネルギー由来の電力を用いれば、製造から利用までトータルでCO2フリーのエネルギーになる。加えて、水素を輸入する必要もなくなるため、エネルギー安全保障にも寄与し、環境・エネルギー政策の有効な手段ともなりえるだろう。これらは今後の水素エネルギーの普及に向けた取り組みであるが、既に産業分野では水素が活用されている。
工場で製品を製造する際に付随して発生する副生ガスである。例えば、繊維の材料となる苛性ソーダの電解工程、コークスでの鉄鉱石を還元する工程、製油所での精錬工程などから水素を含む副生ガス(副生水素)が発生する。
ただし、製造工程ごとに発生する副生ガスの成分が異なることから、水素の含有率も異なっている。例えば、製鉄所で発生する副生ガスには60%程度しか水素が含有されておらず、高純度の水素を必要とする燃料電池の燃料としてはそのままでは用いることはできない。販売できる副生水素は苛性ソーダの電解など高品質なものに限定される。その他の副生水素を販売するとなると品質を向上させるための設備投資行う必要がある。しかしながら、高品質な水素の需要が見通せない場合、そこまで投資するインセンティブは働かないのが実情だろう。
一方、低品質の副生水素であってもボイラや自家用発電設備等の燃焼需要であれば十分に稼働させることができることから、副生水素はもっぱら当該工場内で燃料として自家消費されているのである。このボイラ等の熱需要で水素活用の活路が見いだされると、低品質な副生水素も市場に流通する可能性が広がり、ロードマップで謳う需要の喚起を促すものと考えられる。
次回:「海外で進む電力の補完技術」へ続く
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