温暖化防止のため日本企業ができること
-気候変動対策の前提は日本経済の成長-
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
アフリカ大陸を横断するフライトに乗った時のことだ。当初予定していたナイロビからラゴス行きのフライトがキャンセルされたが、次のフライトは1週間後までないためナイロビ空港で途方にくれていたところ、親切な空港職員が代替ルートを調べてくれた。彼の「このフライトに乗って、乗り換えればラゴスに行ける筈」との言葉を信じて飛び乗ったのだが、機内に時刻表も地図もなく、経由地のブジュンブラ空港を飛び立った後も、自分がどこを飛んでいるのかも分からない状態で不安を覚えていた。
そんななかで機内食が出されたものの、食欲が出るわけもなく、かなり残してしまった。すると隣に座っていた自称外交官の男性が「残すのだったら、残りをもらってもいいか」と尋ねてきた。「いいよ」と返事をするやいなや、空になった自分のトレイと入れ替えて食べ始めた。
外交官かどうか本当のところは分からないが、国際線に乗るからにはそれなりの収入のある筈の人物が、食べ残しを遠慮なく食べるのというのに少し驚いたが、サブサハラと呼ばれるサハラ砂漠以南のアフリカ諸国では大半の国民は1日1ドル以下で生活している。それなりの所得のある人でも食べられる時に食べるとの思いがあるのかもしれない。
いくつかのアフリカ諸国の人口、1人当たりGDP(国内総生産)、貧困率などを表にしているが、アフリカ諸国の特徴は、農業部門従事者の比率が極めて高く働いている人の70%以上、大半の国では80%以上になるということだ。無論、地球の人口のうち10億人と言われる一日1ドル以下で生活している人が、この人たちの大半を占めることになる。
地球温暖化、気候変動が進むと、農業には大きな影響があると考えられている。既に、アフリカでは旱魃もかなりの頻度で発生している。先進国あるいは新興国であれば、旱魃に備え、農業用水を準備することも何かの形で可能だろう。しかし、十分な機材も資金もないアフリカの多くの国では対策を取ることが難しい。
気候変動問題に取り組む必要があるのは、温暖化の影響を最も受ける可能性のある農業中心の自給自足経済の最貧国の人たちのためとも言える。人為的な理由で温暖化が引き起こされたと信じる人の比率が、日本、ドイツと比較すると少ない英国が温暖化対策に熱心な理由は、英連邦の盟主としてアフリカにケニヤ、ウガンダ、ナイジェリアなど多くの加盟国を抱える責任感からではないかと思われるほどだ。
温暖化を引き起こすほどの温室効果ガスを出していない最貧国が、温暖化の影響を最も受けるのは皮肉というしかないが、世界は温暖化対策を自国で行うことができないこれらの国のためにも、温暖化防止、気候変動問題に取り組む必要があるだろう。
日本は、最貧国のために何ができるのだろうか。まず考えつくのは、技術を通した日本の貢献だ。しかし、ここで難しい問題がある。最貧国では電気も行き渡っておらず、軽工業すらない地区が大半だ。無電化地区に住んでいる人はサブサハラに6億人もいる。効率のよい設備を導入する必要性は殆どない発展状況にある。日本の企業が得意なエネルギー効率の改善を行う場所も殆どない。これらの国を支援するには新しいアイデアあるいは新技術が必要なのだ。
そんななかでの、先進国の貢献の一つが、明かりを取るために用いられる灯油ランプを小さな蓄電池を内蔵した太陽光パネルのランプに変えることだ。無電化地区でもこのソーラーランタンならば使える。軽油からの二酸化炭素の排出減は温暖化対策にもなる。いくつかの日本企業がアフリカ諸国での販売に踏み切ったが、あまり上手くいかなかったようだ。
理由の一つは、同様のプロジェクトが欧州の企業とNPO、国際機関により早くから開始されていたことにある。二番煎じでは、やはり上手くいかない。一部の企業は国際機関と協力し、ソーラーランタンの普及に務めているようだが、日本企業の存在は当初の目論見と比べると小さいものになってしまった。
これ以外にも日本企業が貢献できることはあるはずだが、日本企業に残念ながら余裕がなくなり、他国に先駆け新技術を開発する力が落ちている。図は日本、米国、ドイツ、韓国の製造業の研究開発投資の推移を示している。日本企業の研究開発投資額は先進国の中では米国に次ぎ大きいものの、その伸びは全くない。政府のエネルギー関係予算も、OECDによると、日本だけが2000年との比較で2015年は36%減となっている。同期間に、韓国は8倍以上、米独も2倍以上にエネルギー関係の予算額は増えている。
民間も政府も研究開発の資金不足の状態では、イノベーションの力は落ちていき、温暖化防止のため途上国を支援する技術協力も減ってくる。まず、必要なことは日本経済が成長し、企業も政府も温暖化対策のための技術開発に資金を投じる状況が作られることだ。日本の技術で温暖化防止に貢献することを実現するには、イノベーションの力が必要だが、その前提は経済成長だ。
経済成長がなければ、日本国内での設備更新も行われず、エネルギー効率の改善も期待できない。省エネも進まず、日本の26%削減目標の達成も危ぶまれることになる。日本国内の目標達成のみならず途上国で温暖化問題に取り組むにも、日本の経済成長が必要なことをよく認識しなければいけない。