我が国鉄鋼業の協力的セクトラルアプローチ
-地球規模でのCO2削減に貢献-
藤本 健一郎
日本鉄鋼連盟 国際環境戦略委員会 委員長(新日鐵住金株式会社)
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2014年6月号からの転載)
京都議定書の第一約束期間(2008~2012年)においては、日本鉄鋼連盟として自主的な取り組みによる削減計画(自主行動計画)を策定し、さらなる省エネに取り組んだ結果、10.7%のエネルギー削減(目標は1990年比で10%減)を達成した。その際、万一、未達の場合に不足分を埋め合わせるために購入したクレジット(京都メカニズム)を使用することなく、いわゆる「真水」で目標をクリアした。
また、ポスト京都(2013~2020年)においても、経団連の低炭素社会実行計画に参画し、1.1億~1.3億トンの粗鋼生産量の範囲で想定されるCO2排出量から、最先端技術を最大限導入することによって、2020年時点で500万トンのCO2を削減するとのチャレンジングな目標を掲げ、現在、鋭意取り組んでいるところである。
2010年の世界のCO2排出量に目を向けると、総排出量約300億トンのうち、中国、米国、インドの上位3カ国でほぼ50%を占める一方、日本の排出量はわずか3.8%にすぎない。省エネの余地がほとんどない日本と比較して、中国、インドなどの新興工業国ではまだまだ省エネの余地が十分あることを鑑みると、新興工業国で省エネを進める方が遥かに効率が良い。すなわち、低コストで大幅な省エネが達成できることになる。
引き続き国内でも省エネ努力を継続するものの、日本で培われた最先端の省エネ技術をこれら新興国に移転し、普及させることで省エネを推進するというスキームが、世界全体でのCO2排出量削減には最も実効性があり、かつ極めて賢明な手法といえる。中国、インド、その他の新興工業国からの排出量が今後も飛躍的に増加することは明らかで、わが国の省エネ技術の貢献が大いに期待される。
地球環境産業技術研究機構(RITE)によれば、世界の粗鋼生産量は引き続き上昇基調にあり、2050年までに22億トン、現状の約1.4倍まで増加すると試算されている。特にインドでは大きな伸びが見込まれており、現状およそ9000万トン/年の粗鋼生産量に対し、インド鉄鋼省は、2025年までに約3.3倍の3億トン/年にまで増大すると推定している。これは、日本の最大規模の製鉄所の年間粗鋼生産量が1000万トン程度であることを考えると、10年弱の間に、日本最大級の一貫製鉄所22カ所分が新たにインド国内に建設されることを意味する。
わが国の鉄鋼業界は世界最高水準のエネルギー効率を達成しているが、その技術を適用する場合、既存設備を改良するよりも設備を新設する際に省エネ技術を適用する方が、明らかにコスト面では効率的である。そのため、製造能力を拡大する際に導入を進めることが肝要であると考える。
日本の鉄鋼業界はこれまで、このような視点に立って、新興国に最先端の省エネ技術を提供してきた。例えば、中国には、政府の補助事業などを通じて、製鉄プロセスの中でも省エネ効果の大きいCDQ(CokeDryQuenching:コークス乾式消火設備)などを多数設置してきた。インドにはこれまでに、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)モデルプロジェクトを契機にCDQを10基、TRT(TopPressureRecoveryTurbine:高炉炉頂圧発電設備)を5基導入した。
日本の鉄鋼業は、国内で積極的に実用化してきたCDQやTRTといった最先端の省エネ技術、設備を、国際技術協力により世界に普及させ、地球規模での省エネに貢献してきた。私どもの試算では、これまでに日本の鉄鋼業界が各国に導入した主要省エネ設備によるCO2削減効果は約5300万トン/年に達しており、2020年度には約7000万トン/年にまで拡大すると推定している。
インドとは、2011年に第1回日印鉄鋼官民協力会合を開催して以降、今年2月までに6回の会合を重ね、この官民での取り組みを通じて、地球規模でのさらなるCO2削減貢献に向けた準備を進めている。具体的には、①インド鉄鋼業の実情を調査した上で、本当にインドにふさわしい省エネ技術を絞り込んだ「技術カスタマイズドリスト」の策定、②わが国の鉄鋼に関するエキスパートが保有する技術、エネルギー管理手法などのあらゆるノウハウ、知識を結集して行う「インド製鉄所の省エネルギー診断」、③省エネに取り組むためのPDCA(計画・実行・評価・改善)を自主的に回せる能力を醸成するための「キャパシティービルディング(人材育成)」―などに取り組んでいる。
日本鉄鋼業界は、協力的なセクトラル・アプローチ(業界単位での取り組み)による、ハード(技術)とソフト(知識、ノウハウ)をパッケージにした新興国に対する支援を推進してきた。新たに当連盟がエネルギーマネジメントシステムの一般規格ISO50001の認証を取得したことで、今後は、これらの取り組みの効果をさらに向上させるため、以下の3本の柱からなるツールを基に、対応を強化していきたいと考えている。
第1の柱は「ISO14404」である。これは、製鉄所が世界のどの国にあろうと、また設備構成に差があろうと、製鉄所の実力をできるだけ世界共通の尺度で、簡便に評価できる手法であり、2013年3月に日本の鉄鋼業が初めてISO化したものである。
第2の柱は「技術カスタマイズドリスト」。これは、新興国を対象に、それぞれの国の国情を踏まえた省エネ技術集である。インド版「技術カスタマイズドリスト」に続いて、東南アジア版を新たに策定しているところである。
第3の柱は「ISO50001」である。日本の鉄鋼業では、省エネ法や自主行動計画による企業単位、業界単位でのエネルギーマネジメントシステムが確立されているが、こうした仕組みが整っていない国では、技術導入を行うとともにISO50001を取得することにより、効果的で持続可能な省エネに繋げることが可能となる。
この3本柱の意味合いは、製鉄所を人体に見立てて考えると理解しやすい(図)。診察により健康上の問題を検出し(ISO14404)、適切な処方箋(技術カスタマイズドリスト)を施し、自己管理を徹底することにより健康な体を作っていく(ISO50001)―と例えると、各柱の役割が明確になる。
国際エネルギー機関(IEA)によると、日本の鉄鋼業における省エネ技術を全世界の製鉄所にくまなく展開できた場合、日本全体の年間排出量の約3割に匹敵する年間4億トンのCO2を削減できると試算されている。これからは、この3本柱を有機的に機能させて最大限活用し、省エネ、CO2削減行動が連携先に根付くように心掛けたい。
2020年、さらには2050年まで視野に入れ、引き続き地球規模でのCO2削減に大きく貢献していきたいと考える。