長期戦略イコール長期削減目標ではない(その1)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
各国とも期近な2020年目標については、フィージビリティや経済影響を考慮しつつ策定しなければならないため、EUは90年基準という圧倒的に有利な「下駄」を使って90年比20~30%という目標を出した一方、米国は2005年比17%減(90年比3%減)と「2020年25-40%減」から大きく乖離したものとなった。そう考えると実現可能性の検討もせずに25%目標を出した日本は「おめでたい」としか言いようがない。
2050年の地球全体の半減目標については、色々なマルチの場(APEC、東アジアサミット、主要経済国会合等)で日本を含む先進国が途上国に対して強く提唱し続けてきた。しかし2007年のハイリゲンダムサミットでも、2008年の洞爺湖サミットでもG8レベルでは「2050年に世界全体で少なくとも50%削減を全ての締約国が共有する」というメッセージを盛り込んだものの、中国、インド、南ア等が入った場では、長期の全地球削減数値目標には合意できないままであった。こうした中で、コペンハーゲンのCOP15の年に開催された2009年のラクイラサミットでは、初めて2050年先進国80%減という数字が出てくる。
We recognize the broad scientific view that the increase in global average temperature above preindustrial levels ought not to exceed 2°C. Because this global challenge can only be met by a global response, we reiterate our willingness to share with all countries the goal of achieving at least a 50% reduction of global emissions by 2050, recognizing that this implies that global emissions need to peak as soon as possible and decline thereafter. As part of this, we also support a goal of developed countries reducing emissions of greenhouse gases in aggregate by 80% or more by 2050 compared to 1990 or more recent years.
しかし、下線部をお読みいただければわかるように、これは「地球全体の50%削減目標を共有。その一部として、先進国が2050年までに80%あるいはそれ以上削減するとの目標を支持」というパッケージであり、先進国が無条件で80%削減をコミットしたものではない(なお90年基準を使ったIPCC報告書の囲み記事と異なり、基準年も「1990年あるいはより最近の年」と幅を持たせている)。ラクイラでは先進国が地球全体の削減率以上の深堀りをするとの条件を提示して主要途上国に対して全球半減目標を働きかけたが、彼らの受け入れるところとならなかった。全球半減目標に合意すれば、先進国の2050年時点の排出量を差し引いた残りが途上国の排出分ということになる。たとえ拘束力の無いものであってもそうした総量目標を受け入れることはできないということであろう。G8サミットに引き続いて行われた主要経済国首脳声明では下記のように「2050年までに大幅削減するようなグローバルな目標を定めるべく作業する」という表現にとどまった。
We recognize the scientific view that the increase in global average temperature above pre-industrial levels ought not to exceed 2 degrees C. In this regard and in the context of the ultimate objective of the Convention and the Bali Action Plan, we will work between now and Copenhagen, with each other and under the Convention, to identify a global goal for substantially reducing global emissions by 2050.
これに伴い、主要経済国首脳声明では先進国80%という数値目標にも言及されないこととなった。このことは「先進国2050年80%削減」という目標が「全地球半減目標の共有」とのパッケージディールであるという性格を雄弁に物語っている。
この「全地球2050年半減目標共有の一部として、先進国は2050年80%削減」というパッケージへの言及は2011年のドーヴィル・サミットが最後であり、2012年のキャンプデービッド、2013年のロックアーン、2014年のブラッセルのサミットでは、“…doing our part to limit effectively the increase in global temperature below 2 degrees C above pre-industrial levels, consistent with science” という表現が使いまわされることとなり、地球全体の長期排出削減目標、その中での先進国の長期削減目標に関する言及はない。ラクイラ以降、累次の議論を経て、特に中国、インド等の新興国が実質的に自分たちの排出総量にも影響を与える全球数値目標を決して受け入れないという点も明白になってきたこと、長期目標よりも2015年のCOP21での合意を成功させるという点を優先した等の事情が考えられる。
全地球削減目標数値が久々に言及されるのは2015年6月のエルマウサミットである。これは2014年末に発表されたIPCC第5次評価報告書において2度安定化のための排出シナリオが改訂されたことを踏まえたものである。新たなシナリオでは450ppmシナリオを達成するためには世界全体の排出量を2050年時点で2010年比41-72%、2100年時点で78%-118%削減することが必要との絵姿が示された(なお、2050年時点の数字を第4次評価報告書と同じ2000年比で計算すると28-66%となり、第4次評価報告書の50-85%と異なる。50-85%の下限値「50%」が世界半減論の根拠となっていたことを考慮すると、世界半減論とパッケージとされていた先進国80%減の論拠はますます薄弱になる)。
更にIPCC第5次評価報告書で注目すべき点は、第4次評価報告書の囲み記事のような先進国に特化した中期・長期削減目標への言及がないことである。京都議定書に代わって全ての国が参加する枠組みを作ろうというときに、二分法の考え方に基づき、先進国のみに特化した目標を提示することはかえって有害であるとの配慮が働いたのかもしれない。