続・欧州のエネルギー環境政策を巡る風景感
-エネルギー連合(その3)-
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
欧州委員会の権限強化
より根源的な問題は、欧州委員会の権限強化を各国がどこまで認めるのかということだ。通商問題と異なり、欧州各国のエネルギー政策は元来、各国の選択にゆだねられてきた。90年代のエネルギー市場改革、2000年代の温暖化問題を契機に各種の指令を通じて欧州委員会の権限は徐々に拡大してきたが、それでもエネルギーミックスの選択を含め、各国の主権にゆだねられている部分は多い。事実、気候変動交渉ではEU議長国がEUワンボイスで発言しているが、IEA閣僚理事会ではEU各国がそれぞれの立場で発言をしている。
こうした基本的土壌がある中で、欧州エネルギー連合パッケージの中には欧州委員会の権限を強化する提案がそこかしこに含まれている。
例えば欧州委員会は各国がガス供給国との間で締結する政府間協定(IGA)について、締結前に欧州委員会EU法との整合性をチェックすることを提案しているが、英国をはじめ、EUの中にはIGAがEU法に優越するという考え方を有する加盟国もある。
今回のパッケージの中で注目されるのは各国のTSOを束ねるENTSO-E/G(European Network of Transmission System Operator for Electricity and Gas)の機能強化と各国の規制当局の協力機関であるACER(Agency for Cooperation of Energy Regulators)の権限の抜本的強化である。欧州ワイドで電力、ガス市場を統合しようとすれば、至極もっともな方向性である。電力、ガスが国境を越えて自由に流通するためには、各国の電力、ガス市場をめぐる規制環境、税・課金環境が理想的には同一であることが望ましく、電力、ガス市場統合の必要条件である国境横断インフラの整備についても各国の利害を超える欧州ワイドの指導力が不可欠だ。
しかし、これは必然的に欧州委員会への権限集中を意味する。ユーロ危機をきっかけとして、欧州統合に向けたEuropean Project への幻滅感が広がってきている。欧州議会選挙で英国独立党(UKIP)、フランス国民戦線(Front National)等、反EU、反ブラッセルをかかげる大衆政党が大幅に議席を拡大したことは記憶に新しい。関係者の間では「欧州プロジェクトが必ずしも人気がない中で、欧州委員会に権限を集中する提案を実現するには非常な政治資源を要する」という声もある。私が勤務する英国では、EU離脱の是非が大きな政治的問題になっており、ブラッセルからの権限奪回を主張する声は根強い。デイビー気候変動エネルギー大臣はプロEUの自由民主党出身であり、英国のEU離脱論の主戦場は移民等の人の移動の自由であって、エネルギー分野ではない。しかしブラッセルの権限を抜本的に強化する動きを英国が受け入れるかどうか予断を許さない。
グリーンロビーからも反発
エネルギー連合パッケージについてはグリーンロビーからの反発もある。彼らは欧州の域内市場統合、省エネ、脱炭素化等の柱については歓迎しているが、天然ガスをはじめとするエネルギー安全保障の強化の部分については批判的である。パッケージの中には「国産エネルギー(再生可能エネルギー、在来型・非在来型化石燃料)は欧州の輸入依存度低下に貢献。シェールガス等の非在来型化石燃料はパブリックアクセプタンスと環境面のインパクトに適切に対応すれば一つのオプション」という文言が含まれている。トウスク首相はエネルギー連合を提案した際、「東欧諸国にとっての石炭はエネルギー安全保障と同義語」と述べ、温室効果ガス削減目標に消極的なポーランドを悪玉視していたグリーンロビーの感情を更に逆撫でした。上記の表現はもっとマイルドな表現とはいえ、シェールガスを含む国産化石燃料が輸入依存度低下にもたらす効果を認知している。しかし、グリーンロビーにとって再生可能エネルギーのみが推進すべき国産エネルギーであり、天然ガスもシェールガスも、ましてや石炭の活用は化石燃料依存を長引かせるものとして忌避すべき存在なのだ。このため、欧州緑の党やWWFは「欧州を世界一の再生可能エネルギーにする等のレトリックを使っているが、エネルギー安全保障の部分では化石燃料に焦点をあてており、両者が整合していない」と批判している。
注目される今後の議論
これまで述べてきたことはエネルギー連合をめぐる諸論点の一部に過ぎないが、長らく「28のエネルギーアイランドのパッチワーク」といわれてきた欧州エネルギー市場が、ついに統合に向かって大きな動きをはじめるのか、非常に興味深いところである。本稿がアップされるころには、3月のエネルギー大臣会合での議論が行われた後であろう。特に欧州委員会への権限集中を、各国がどの程度受け入れるのかが、首脳レベルの議論を占う試金石になろう。