電力供給を支える現場力⑤
-技術の継承の現場から-
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
技術の継承が重要である、と言えば異論を唱える方はいないだろう。しかし技術の継承がどれだけ難しいことか、一見非効率にも思えるほどの時間と手間暇をかけなければならないことかを、本当に理解されている方はごく僅かではないだろうか。
先日、関西電力が滋賀県東近江市に所有する黄和田(きわだ)発電所で、まさに「技術継承」の現場を見せていただく機会を得た。同社は151箇所、最大出力合計約820万kWの水力発電設備を所有する。明治24年5月に我が国初の事業用水力発電所として運転を開始した京都市の蹴上(けあげ)発電所を含め、わが国の電力黎明期を支え続けた古参の発電所も多い。出力規模が1,000kWに満たないような小さな発電所も多いが、水力発電は純国産のエネルギーであり、自然エネルギーの中では比較的安定した発電が可能であること、発電時にCO2を排出しない、即応性(出力変化対応)に優れ電力の品質維持に重要であることなどの意義を持ち、何より、原子力発電所の停止によって供給力不足に陥っている現在、貴重な戦力である。黄和田発電所も大正11年に建設され御年93歳になるが、平成25年度も500万kWhの発電電力量を誇り、日々現役として活躍している。
この山奥の発電所で約3ヶ月間にわたり講師役3名受講生4名の計7名の社員が生活を共にし、メンテナンス作業を行っていた。この黄和田発電所のフランシス水車は重さ約1トン、そして発電機(回転体)は約8トンにもなる。これを全て分解して、部品の一つ一つを磨いて健全性確認等の点検・手入れ作業をした後、再度組み立てをする。1分間に600回転する金属製の水車・発電機を設計位置通りに組み立てる必要があり、調整は1/100ミリのレベルで行わねばならない。許容される誤差を超えれば再組立調整など大きく工程・コストに狂いを生じさせる。少しの狂いや緩みも許されない作業であるため、入社15年目以上のベテラン社員が入社4年目から6年目程度の後輩社員にぴったりと寄り添い、一つ一つ丁寧に指示を出していく。
実は同社では一時期、部門に配属される社員数が減少し社員直営による作業が難しくなったこと、また、合理化のため設備保全の周期が延伸され工事機会が減少したこと等によって専門技術を有する社員が十分確保できなくなり、作業の外部委託が増加したという。しかし、「自分たちでできない作業は、その作業の管理もできない」という強い声が現場からあがり、このようなOJTによる技術継承の研修を増やしているのだそうだ。
数ヶ月間、同じ釜の飯を食い同じ風呂に入り、昼怒鳴られた先輩に、夜お酒とともにその先輩も先輩社員に怒鳴られながら仕事を覚えてきたことを聞かされる。受講生である若い社員には当初このようなスタイルに戸惑いを覚えることもあるようだが、終わってみれば自分の技術力が飛躍的に向上したことを実感できること、また、3ヶ月寝食を共にした仲間ができることから、研修参加の満足度は非常に高いという。
この時代にあって、山奥の発電所に数ヶ月間こもって行うOJT研修というのは一種の贅沢と映るかもしれない。しかし、自分でやってみた手触り、手応えを伴わなければ、それは技術ではなく知識でしか無い。マニュアル頼みの技術継承は効率的かもしれないが、いざという時の現場力を支える足腰が弱体化することは否めないだろう。
8月7日に開催された総合資源エネルギー調査会原子力小委員会においては、原子力に関わる技術や人材を維持するためには、早期再稼働と一定規模の建設が必要との見解が表明されたと報じられている(電気新聞2014年8月8日記事。なお、本原稿執筆時には議事録が公開されていないため、議論の詳細は確認できていない)。設備を作り、運用しつづけること。そうした経験を持つ人材を途切れさせないこと。それこそが技術を維持するために最も重要であるとの認識が共有され、人材維持について検討するワーキンググループが設立されることとなったという。原子力はもちろん、電力全体の現場力に対して目配りが必要だ。
世の中はおしなべて合理化・効率化を求める。しかし、本当に技術と向き合う現場はその流れに危機感を抱いている。生意気な言い方になるが、直営技術力の維持に対するここまでのこだわりは、同社の現場力に対する矜持のようにも見える。
「技術」という言葉には、研究開発の成果として先端技術を生み出す科学技術力と、普及し汎用性を持つ技術を使いこなす産業技術力という大きく分けて二つの意味があろうが、産業技術力は使わなければ維持・向上しないのではないかというのが、電力の現場に身を置いたことのある私の実感である。そして、産業技術力が弱体化すれば、科学技術力もまた劣化するのではないだろうか。
電力は、設備を作り、保守することが基本の「現場」が主役の産業である。
昨今の電力システム改革議論の中には、電力をあたかも金融商品かのようにとらえた議論すら聞かれるが、その議論の行き着く先に現場力の劣化が待っているようなことにはならないだろうか。技術継承、改めて現場と乖離した議論に危惧を抱かされた。