環境と経済が両立に向かう『土壌汚染対策』とは(その1)
国内の優先テーマと土壌汚染問題の関連性
光成 美紀
株式会社FINEV(ファインブ)代表取締役
2020年の東京オリンピック開催に向けて、施設の解体・基礎工事や建替え工事等が始まろうとしています。東京都内では国立競技場をはじめとして大規模な建替え工事や新規の建設工事が進められる予定になっています。
都内や首都圏に限らず、国内の産業構造の変化に伴い、工場の統廃合や閉鎖も続いており、中小企業経営者の世代交代に伴う事業継承が進められる時期となっています。
これらの建設・産業構造の変換、事業継承等に共通する課題の一つに土壌汚染問題があります。
土壌汚染は、大気や水と異なり、過去の汚染の大部分が蓄積されており、累積した汚染を浄化しなければなりません。このための費用が甚大になることも多く、さらに土壌汚染が判明した後には法的な手続き等により、長期にわたって工事等の制限が課され、不動産の流動性に影響することもあります。実際に東京オリンピックに向けた施設の整備候補地では、土壌汚染対策に数年かかる可能性が示されています。
また、もともと地中の汚染状態を把握するための土壌調査にも時間がかかることがあります。地下水へまで汚染物質が流出していれば、地下水汚染対策も講じなければならない場合もあり、浄化対策により多くの費用や時間もかかる傾向があります。実際に、土壌汚染調査・対策費用は、数千万円から数十億円にのぼることがあり、土地の価格を超える対策費になる場合もあります。
このため、費用を捻出できない中小企業等では、調査の実施を躊躇し、現状を放置することも少なくありませんが、それによって汚染が徐々に拡散し、対策費もさらに増加するという悪循環に陥ることもあるのです。
一方、このような工場跡地等の多くは、過去に産業活動が行われていたこともあり、基礎的なインフラが整備され、比較的交通の利便性が高く、うまく活用していくことで職住接近、または介護施設などの施設用地としても活用できる可能性も高いと考えられます。しかしながら、現在ではこれらの重要な資産が、土壌汚染によって潜在的な活用機会を失っていることが多くなっているのです。
日本国内では、2002年に人の健康被害防止を目的に土壌汚染対策法が制定され、2003年2月から施行されました。土壌汚染対策の法律は、日本では比較的遅く制定され、アメリカでは1980年に、欧州各国では80年代後半から90年代に法律等が制定されています。
日本より10年から20年、法制化の速かった米国や欧州では、土壌汚染問題に伴う経済・地域社会への影響の顕在化を受け、汚染サイトの浄化と地域経済の発展を両立させるための対応策を推進しています。この背景には、先進各国においても産業構造が変化しており、それに伴う土地利用用途の変換や地域再開発において、交通の便が優れ、都市部に近い産業跡地の環境保全を進め、再利用することが重要であるという社会的な理解があるためです。
よく知られるように2012年に開催されたロンドンオリンピック会場も、長年使用されていた廃水処理施設を含む産業跡地の土壌・地下水汚染を浄化し、整備されました。これまで活用されていなかった郊外地域の環境対策が進められ、自然環境に恵まれた複合型施設が建設され、環境保全と経済活動が両立する地域が創られています。
日本国内でも、近年、環境問題が社会経済に広く認識され、企業活動における環境マネジメントも定着しています。土壌汚染についても、土地取引、土地の鑑定評価、融資、企業会計等において、実務的な運用ルールや制度が導入され、土地や不動産を通じた経済活動と密接な関係を持つようになっています。
このように土壌汚染問題は、経済的・社会的影響の大きい環境問題であるのですが、現在の土壌汚染対策法では、健康被害の防止という視点のみが取り上げられ、社会経済的な視点は含まれていません。また、土壌汚染対策の現場では、リスクに対して必要以上の対策が講じられる実態が見られる一方、本来必要な土壌・地下水環境の保全が進んでいないという状況も生まれてきています。
国際的にも生態系保全や自然資本など、経済的側面を重視しながら自然環境全般における保全や持続的な利用を進める仕組みが進展しつつあるなかで、日本国内でも、このように環境保全と経済活動をつなげ、土壌環境の保全と経済活動が両立・共生する枠組みを再構築することが重要な時期をなっていると思われます。
本連載では、10年間の施行を経た土壌汚染対策法の課題と共に、今後中長期的に国内の土壌汚染問題が持続的に管理できる枠組みの構築が可能な政策提言を紹介していきたいと思います。