私的京都議定書始末記(その25)

-中期目標の策定-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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真水か否か

 削減目標の中身に何をカウントするかも重要である。京都議定書目標では国内削減分に加え、森林吸収源、京都メカニズムが算入されていたし、米国やEUの目標も国内削減分以外の要素を算入したものであった。しかし先進国間の負担の公平性を議論するのであれば、森林吸収源や京都メカニズムをのぞいた国内削減分「真水」で比較すべきであろう。このため、中期目標検討委員会ではEUの目標値90年比20%減のうち真水分を16%、米国ワックスマン・マーキー法案の目標値2005年比17%減のうち、真水分を14%として国際比較を行った。したがって中期目標検討委員会で出される各オプションの90年基準での数値を京都議定書目標と比較する場合、6%減ではなく、真水分0.6%減と比較せねばならない。

6つの選択肢

 以上のような論点を踏まえ、2009年4月、中期目標検討委員会は以下のような6つの選択肢を提示した。カッコ内はそれぞれのケースについての日本の中期目標を2005年比、90年比で示したものである。

ケース① 長期需給見通し努力継続・米国EU目標並み(2005年比4%減。90年比4%増)。
 2008年半ばに策定された長期エネルギー需給見通しにおいて、既存技術の延長線上で機器等の効率改善に努力し、耐用年数の時点でその機器に入れ替えるケースである。「自然体ケース」とも言える。日本で2005年比4%減という目標値を取った場合、米国、EUで同等の限界削減費用を考えた場合、米国は2005年比7-18%減、EUは90年比14-19%減となり、米国、EUの当時の削減目標とほぼ同等となる。

ケース② 先進国全体90年比25%減・限界削減費用均等(2005年比6%減~12%減。90年比1%増~5%減)
 先進国全体で90年比25%減にすると前提し、その中で限界削減費用を均等にした場合の数値である。この場合、限界削減費用の面で日本と同等の負担とするためには、米国の目標値は2005年比30-33%減、EUの目標値は90年比23-27%になる必要がある。

ケース③ 長期需給見通し最大導入改訂(2005年比14%減。90年比7%減)
 規制を一部行い、新規導入の機器等を最先端のものに入れ替えることを求めるケースである。この場合、限界費用の面で日本と同等の負担とするためには米国の目標値は2005年比33-34%減、EUの目標値は90年比26-27%である必要がある。

ケース④ 先進国全体90年比25%減・GDP当たり対策費用均等(2005年比13-23%減。90年比8-17%減)
 先進国全体で90年比25%減にすると前提し、その中でGDP当たりの対策費用を均等にした場合の数値である。この場合、米国の目標値は2005年比19-28%減、EUの目標値は90年比30-31%減である必要がある。

ケース⑤ ストック+フロー対策強・義務付け導入(2005年比21-22%減。90年比15%減)
 規制に加え、導入義務付けを行い、新規導入の機器等を最先端に入れ替え、更新時期前の既存機器も一定割合を最先端機器に入れ替えることを想定するケースである。この場合、限界削減費用同等で考えると米国の目標値は2005年比38-47%減、EUの目標値は90年比29-33%減が必要となる。

ケース⑥ 先進国一律90年比25%減(2005年比30%減)
 この場合、新規・既存のほぼ全ての機器を義務付けにより、最先端のものに入れ替えさせることに加え、炭素価格導入による経済活動量の低下も必要となる。

 この6つの選択肢を踏まえ、削減幅を2005年比4%減、14%減、21%減、30%減に集約した上で、各地での意見陳述、パブリックコメント、世論調査等が行われた。予想されたことであるが産業界、労働組合は2005年比4%減を支持する一方、環境団体等はケース2005年比21-30%減を支持する等、見解は大きく分かれた。しかも特定の意見を持った者の動員が可能となるパブリックコメントでは2005年比4%減の支持が7割を超えていたが、回答者が無作為抽出される世論調査では2005年比14%減の支持が半数近くにのぼり、意見集約方法によっても傾向が分かれた。

中期目標6つの選択肢

 こうして大きな議論になった中期目標であるが、我々交渉団は、その結論を見届けぬまま、6月のAWGに出発した。しかし2週間のAWG期間中に日本の中期目標が固まり、日本での対外発表と併せ、ボンでも対外発表することが想定されていた。日本が大きく注目を浴びるAWGになることは確実だった。

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