日本発のISO規格“鉄鋼CO2排出量・原単位計算方法”発行される
(2)欧州排出権取引(EU-ETS)の影と温暖化対策への貢献
中野 直和
国際環境経済研究所主席研究員
ISOにおける新しい規格の検討は、分野別に設置されたTC(専門委員会)とその傘下のSC(分科委員会)で行われる。それぞれ幹事国が決まっているが、700強ある幹事国の内、約5割を欧州、2割を北米が占め、アジア・オセアニアすべてを合わせても3割程度であり、漸減傾向にはあるが、まだまだ欧州がISO活動の中心である。また、環境マネジメントに関してはTC 207(環境管理)が設置されており、その分科委員会であるSC7(GHGマネジメント及び関連活動)から、2006年に欧州の考え方を色濃く反映した、組織におけるGHG排出量の定量・報告・検証を規定するISO 14064が発行されている。我々が今回の規格化を提案した際には、「TC 207で扱い、たとえばISO 14064の枝番として規格化すべき」との主張も欧州の関係者から寄せられた。以下に示す両TCの発行してきた規格例からは、一見、その主張も意味があるように見えるが、我々は何としても、鉄鋼製品関連の標準化を扱うTC 17で起草することを目指した。
TC 207は、GHG排出量定量化の、「指針」は規定しているものの、具体的な効率計算方法等は規定されておらず、鉄鋼分野に適用する計算方法を規定しようとすると、規格の位置づけや他の産業分野との整合性等、具体的計算方法と離れた協議に時間を費やすることが懸念される。また、TC 207のメンバーに鉄鋼生産プロセス特有の複雑なエネルギーとCO2の仕組みを理解してもらうことから開始しなくてはならず、当方の目指す「世界の鉄鋼業が使いやすい道具としてのISO規格化」とは検討の方向が異なってしまう恐れがあったためである。反対票が欧州から寄せられたものの、最終的にはTC 17に新しい作業グループ(WG)を設けて規格化を進める事が、2009年に承認された。
ISO規格化は、TCで4回の投票を繰り返しながら内容を精査して行くが、最初と2回目の投票では英・独・仏等欧州主要国が反対・棄権票を投じた。当時欧州では、2013年以降のEU-ETSに用いるCO2排出量の算定手法が検討されており、その議論に影響を与える可能性を否定できないものはとにかく排除したい、との意向が働いていた。EU-ETSの手法は前稿で記したように直接排出のみを対象とする事に加え、製鉄所全体を対象とせず、コークス炉、焼結炉、高炉などの主要工程のみを抜き出して、それぞれを対象とする手法であり、排出権取引のためには使い勝手が良いのかもしれないが、主要工程はもとより、あらゆる工程でCO2削減努力が続けられている製鉄所全体の効率評価には、不適当と言わざるを得ない、ISO 14404が目指したものとは大きく異なる手法である。
WG21や、それ以外の場も利用して、欧州勢に対して、製鉄所の実力を簡便、かつ世界共通に算定できる手法がISO規格化されることの重要性を繰り返し訴え、協議を繰り返した結果、3回目の投票から建設的な議論となり、最終投票では賛成19反対票ゼロで、規格発行が決定した。後日談ではあるが、「ISO 14404は、間接排出を重視している点で評価できる」という発言が欧州有力鉄鋼メーカーからあり、間接排出を評価する、EU-ETSとは異なる手法がISO規格化されることの意義を認めた上での、方向転換であったことがわかった。
なお、ISO 14404は、当初紹介したISO 14064-1(組織のGHG排出量の算定・報告・検証を規定)の要求にあった内容となっている。ISO 14064-1は企業を含むあらゆる組織の活動を想定しており、間接排出についても、受け入れて消費した電力と等価のCO2は定量化し算定することが求められている。また、「その他の間接排出」はニーズにより定量化しても良い、とされているが、「その他」には、以下のように非常に広い範囲の項目が挙げられている。ISO 14404はそれらの中から鉄鋼生産プロセスの評価に必要かつ十分な項目のみを選び出して、具体的に規格化したものと位置づけることができる。ISO規格には、生産プロセスにおけるGHG排出量の具体的効率評価方式を規定した例は無く、今回の規格化はISOに先鞭をつけたものとなった。また、ISO規格化は欧州の意向が強く反映される場合が多く、さらに、まさに欧州が主導する気候変動対策、あるいはCO2に関連する分野で、日本が中心となって、日本の考え方を基礎とするISO規格化が実現したことは画期的成果と言える。
欧州標準化機構はISOとの間で協定を結んでおり、欧州規格は比較的簡単な手続きでISO規格化を進められる。 また、一旦ISO規格化が終わってしまうと、同種の規格を日本から提案しても取り上げられる事は大変難しくなってしまうのが現実であり、言葉の問題も含めISO規格化は日本にとってハードルが高いのは残念ながら事実。また、事業に直結する製品規格はまだしも、今回のようなマネジメントに関する標準は、産業にとってはさらにハードルが高く、今回の規格化においても官民の協力体制が成功の大きな要因であり今後とも重要な要素である。
ISO規格化は大きな負荷がかかるため、なんでも規格化すれば良いというものではないが、特にマネジメント系の標準については、標準化が日本の既存制度と齟齬が無いようにする努力と並んで、ISO 14404のように、具体的な規格を制定してしまう事で日本の産業が育んできた効率向上の考え方を国際標準とすることは、今後の標準化戦略に組み込まれるべき方法と考えられる。ISO規格化は、一般的に日本企業の競争力強化戦略の一環として語られることが多いが、今回の規格化のように、真水の効率化を重視する考え方が標準に盛り込まれるのであれば、気候変動への取り組みにおいて日本が世界に貢献できる有効な方法である。