日本鉄鋼業、世界で最も優れたエネルギー効率を維持


公益財団法人 地球環境産業技術研究機構

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 RITE(公益財団法人地球環境産業技術研究機構)は、2012年9月25日に鉄鋼部門(転炉鋼)の「2010年時点のエネルギー原単位の推計」に関する調査レポートを公表した。
 日本鉄鋼業のエネルギー効率が世界で最も高いという事実は、国際エネルギー機関(IEA)等、国際的な機関でも共通の認識として受け入れられており、今回の調査において、その事実が改めて確認されたことになる。
 国連の気候変動に関する国際枠組み交渉では、京都議定書型(トップダウン型)のスキームに代わり、ボトムアップ型のスキームを推す声が台頭してきている。国単位ではなく、業種にフォーカスを当てて国際比較を行い、削減ポテンシャルを探る今回のような分析は、とりわけボトムアップ型のスキームにおいて、具体的・技術的な解決策を示すものとして有効なものである。

 産業・社会・公共サービスの基盤となっている鉄を生産し、しかしその生産過程で大きなエネルギー消費が避けられない鉄鋼業のエネルギー効率の国際比較は特に重要性が高い。しかしながら、鉄鋼業のエネルギー効率国際比較は簡単ではない。 IEAは、省エネポテンシャル、CO2削減ポテンシャルを提示しており、その中で日本の省エネポテンシャルが最小、つまり日本のエネルギー効率が世界で最も高いことを示してはいるが、エネルギー効率の直接的記載はない。更にIEAの分析は、1)欧州を1地域に集約して示しており、例えばドイツやフランスに対し日本がどの程度優位なのかの比較が困難、2)エネルギー効率に劣る地域の既存設備(例えば小規模高炉、旧式省エネ設備)のリプレースを、どの程度含めたポテンシャルであるのか不明、3)具体的な計算方法が公開されておらず外部からその詳細について情報収集することが困難、といった課題もある。
 鉄鋼業のエネルギー効率国際比較が容易でない最大の理由の一つは、高炉転炉法と電炉法の区分が必須であることである。なぜ、高炉転炉法と電炉法を分けないといけないのか?
 少し説明しよう。鉄鉱石を主な鉄源とする高炉転炉法、鉄スクラップを主な鉄源とする電炉法で、大きく生産方式が異なり、同時に基本的なエネルギー投入量が異なる。電炉鋼は、過去にエネルギーを投入し鉄鉱石(酸化鉄)を還元反応させた鉄を二次利用したものである(下図参照)。そのため、エネルギー投入は少なくてすむ。
 転炉鋼と電炉鋼を分けなければ、技術水準が反映されずに、例えば「電炉率2%のオランダは世界的に最もエネルギー効率に劣る国、電炉率100%のフィリピン、ベトナム、ギリシャは世界的に最もエネルギー効率に優れる国」となりかねない。
そのため、RITEでは転炉鋼と電炉鋼を分けて推計を実施した。

主な鉄鋼生産方式
図注)転炉へ投入される鉄源の多くは銑鉄(溶銑)、電炉へ投入される鉄源の多くは鉄スクラップであるものの(図の太矢印)、実際は鉄スクラップも転炉へ投入され、同時に銑鉄も電炉へ投入される(図の細矢印)。また図では省略したが、鉄鉱石から製造した直接還元鉄も電炉へ投入される。鉄スクラップ由来の電炉率は2011年現在24%であり、鉄鋼生産のおよそ3/4は高炉転炉法を主とした一次生産でまかなわれている。

転炉鋼のエネルギー効率(2010年)

 転炉鋼・電炉鋼の区分の他にも、技術水準を適正に評価でき国際的に比較可能なエネルギー効率を推計するためには、輸出入コークスや副生ガス回収有効利用などの実態を反映させ正味で消費したエネルギー量を計算する必要がある。この計算をRITEは実際に行っており、計算方法についても国際査読論文にて採用されている。RITEの推計方法は、国際的にも認められており、かつ論文としてオープンになっている。

 このような方法論に基づき推計された2010年時点の転炉鋼のエネルギー効率を示す。転炉鋼は、世界において鉄鋼生産の主流であり、技術水準の国際的な差異も比較的大きく、エネルギー効率の国際比較として最も重要である。2010年時点の推計は世界的に見ても初めてであり、他に公開されたエネルギー効率のデータはない。ここでは日本のトン粗鋼当たりの一次エネルギー投入量を100に規格化して示した。
 図から、日本が世界で最もエネルギー効率に優れていることが分かる。これは、多数の省エネ技術の活用(ハード面)、製鉄所全体のエネルギー管理(ソフト面)の両方を地道に積み重ねてきた結果と言える。

2010年の転炉鋼エネルギー効率(日本=100)<鉄鋼生産主要国のみ図示>

転炉鋼のエネルギー効率の推移

 RITEはこれまで2000年時点、2005年時点の推計も行ってきた。これら時系列的なエネルギー効率の推移を、トン粗鋼当たりの一次エネルギー投入量の実数(単位:GJ/t粗鋼)で示す。
 2010年時点の順位で見ると、日本に続いて韓国、ドイツ、中国の順となっている。中国のエネルギー効率改善が目立つが、これは転炉鋼生産が2000年の1億トン強から5.6億トンへ拡大する中で、最新鋭大型製鉄所が急拡大した影響が大きい。また中国の省エネ技術普及は韓国に続く世界3位のレベルであり、この影響もある。しかし、エネルギー管理というソフト面では弱く、また小規模製鉄所も併存しており、中国平均値はドイツより劣る。
 米国は固定費増加を敬遠する傾向が強く、省エネ設備普及が最も進んでいない地域の一つである。ロシア、ウクライナは2005年以降、旧技術(平炉、造塊分塊)の利用を低下させエネルギー効率改善が進んだものの、2010年時点でも依然として旧技術が稼働しておりエネルギー効率で劣る。

2000年、2005年及び2010年の転炉鋼エネルギー効率(単位:GJ/t粗鋼)

高炉転炉法の国際比較の意味合い

 世界の鉄鋼生産は、中国等の急速な経済成長を背景に、2000年代に入り加速的に拡大している(下図左)。前述の通り、鉄鋼生産は高炉転炉法と電炉法の2つの方式があるが、電炉法については、世界の鉄鋼生産の急拡大に対して、鉄スクラップの「量」が追い付かず、その比率は1999年の34%(過去最高)から2011年の29%へと低下傾向にある(下図右)。今後、中国鉄鋼需要が安定化した場合でも、インドなどの南アジア、サブサハラなど基本的なインフラが整っていない地域があり、中長期的に鉄鋼需要増加が継続すると見られる。そのため鉄スクラップの「量」が世界の鋼材需要に本格的に追いつくには、かなりの時間がかかる。およその見通しとして、世界人口がピークを迎える(少なくとも数十年間先)まで待つ必要があるのではないだろうか。
 こうした状況を踏まえれば、今後とも(少なくとも数十年間先まで)転炉鋼の生産は世界の主流であり、鉄鋼業において実効性のある地球温暖化対策を行う上では、転炉鋼のエネルギー効率について、正確な国際比較に基づきポテンシャルを把握し、世界全体でエネルギー効率向上を目指すことが重要である。

粗鋼生産量(左図)とプロセス別粗鋼生産シェアの推移(右図)
出典)worldsteel統計などに基づきRITE整理

まとめ:エネルギー国際比較から見えてくるもの

 日本の鉄鋼業のエネルギー効率(転炉鋼)は、2010年においても世界で最もエネルギー効率に優れていると推計された。これは、多数の省エネ技術の活用(ハード面)、製鉄所全体のエネルギー管理(ソフト面)の両方を地道に積み重ねてきた結果と言える。リーマンショックに端を発する世界的な鉄鋼需要急減(それに伴う稼働率低下など)もある中で、優れたエネルギー効率を維持している。

 政策的な意味について考察すると、日本の持つ省エネルギー技術の海外展開をより加速させるような政策的バックアップが求められる。例えば、インドは国内に鍵となるエンジニアリング会社が育っておらず、また長期的に鉄鋼生産増加が見込まれるため、日本の省エネルギー技術普及のポテンシャルが大きい。ドイツや中国のエンジニアリング会社との競合もあるため、日本の省エネ技術普及は容易ではない。そのため「二国間クレジット制度」のさらなる進展にも期待したい。

日本の省エネ技術の具体例:コークス乾式消火設備技術(CDQ)

 ビジネスという観点からは、世界の鋼材市場で日本が勝ち残っていく必要がある。日本のエネルギー効率は世界最高水準であるため、これは世界全体のCO2排出抑制の点からも望ましい。ただし、近年は、東南アジア地域での中国鋼材比率、ヨーロッパ地域での旧ソ連鋼材比率が増加する傾向にあり、鋼材市場の国際競争が今後ますます激しさを増すことが予想される。世界全体でのCO2排出抑制の点において、激しさを増す鋼材市場の国際競争を阻害しない国際公平性の高い温暖化政策をとることが重要である。

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