再生可能エネルギー促進法は理解されたか?


国際環境経済研究所主席研究員

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 安全・安心な社会の実現には、リスク評価やリスク管理を適切に行うことが欠かせない。さらに、社会がリスクと向き合っていくためには、リスク評価やリスク管理にかかわる情報をあらゆるステークホルダーが共有し、対話を通じた信頼関係のもとに問題解決の道筋を共に考えるリスクコミュニケーションが必要となってくる。

 このリスクコミュニケーションという手法は新しい概念ではなく、危険物質を扱う事業者やそれを管理する行政機関の多くは、すでに取り組んできたものだ。説明と対話で理解を深めつつ、社会的意思決定に向けてコンセンサスを形成することは、危険を扱ううえで当然のプロセスといえる。

 一方で事故などの緊急時には、とにかく目前の危機を回避することが優先される。危機の最中には、普段よりも判断力が低下する人が多くなって当然だし、社会的混乱の恐れもある。このため、多少一方的であっても明確でぶれない情報伝達が必要となる。説明や対話など、コンセンサス形成のプロセスが省略されることもしばしば生じる。しかし、あくまでも緊急時の対応であり、目前の危機を回避するためには有効な面があるが、恒常化すべきものではないだろう。

 このような場合には、緊急事態が落ち着いた後には、平常時にも増してリスクコミュニケーションが重要となる。福島第一原子力発電所の事故をみても、これから先、現実問題として放射線防護措置と生活の質との折り合いをつける必要があるが、その際には、リスクの理解と対話によるコンセンサス形成が重要になろう。

コンセンサス不足の再生可能エネルギー促進法案

 今国会では、「再生可能エネルギー促進法案」こと「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案」が菅首相の進退とともに話題になった。同法は再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度を導入するものであり、国民生活や国家の将来に影響する重要な法案だ。また、コストの負担のあり方など難しい側面を持った法案でもある。ところが、法案に対する十分な理解がないまま、国会での審議が進められてきた。

 震災前の2010年秋、ノルド社会環境研究所では、地球温暖化対策に関する意識調査を実施した。この調査は我が国が進めようとしている地球温暖化対策がどの程度まで国民に認知され、浸透しているのか等を把握することを目的としたものだ。具体的には、鳩山前首相の表明した中期目標(2020年までに25%削減)や地球温暖化対策基本法、国内排出量取引制度、地球温暖化対策税、全量固定価格買取制度等の施策などについて、全国の20歳以上の男女1000人を対象に認知状況や評価の分析を行った。

 この調査の段階では、再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度については、施策内容についての認知率は1割にとどまり、半数が「知らない」と回答したにもかかわらず、同制度に4割が賛成し、反対は1割という結果だった。

 また同じ調査で、我が国のエネルギー使用が効率的であることを認識していた人の割合は2割、日本の場合に二酸化炭素の排出削減費用が他国よりも多くかかる(削減余地が他国に比べて小さい)ことを知っていた割合も2割にとどまるなど、エネルギーにかかわる内外の情勢が十分知られていないことも明らかになった。

 調査全体を通じて、地球温暖化対策について国民の理解やコンセンサスが形成されておらず、時間をかけた議論が必要だということを示唆する結果だったと言える。

図1 国民が理解していない制度の導入に問題はないか?
図1 国民が理解していない制度の導入に問題はないか?

ノルド社会環境研究所が昨秋実施した調査では、再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度に関する国民コンセンサスは得られていなかった(http://www.nord-ise.com/press101130/ReleaseGHG20101130.pdf

エネルギー政策には冷静な議論が必要に

 全量固定価格買取制度については、総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会・電気事業分科会の買取制度小委員会も国民の理解不足を指摘している。2月18日付けの報告書「再生可能エネルギーの全量買取制度における詳細制度設計について」では、「制度の趣旨や負担の内容について、それぞれの立場に応じた十分な周知・広報が必要となり、特に、再生可能エネルギー発電設備を導入していない電力需要家に対して十分な説明を行うことが重要である」と、国民への説明の重要性を説いている。

 しかし、その直後に発生した東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故に国民の関心が集中し、さらには政局の混乱の中にあって、制度の趣旨や負担の内容について十分な説明がなされたのか、はなはだ疑問だ。ここにきて、制度の趣旨や負担の内容ではなく、成立時期(と菅首相の進退)だけが主要な問題とされている状況には違和感を覚えざるを得ない。

 ここでは、本制度の良し悪しについて批評するつもりはない。しかし、一般的にエネルギー政策は国民生活や産業、さらには国家安全保障にも影響を与えるものであり、効果の副作用としてリスクやデメリットが伴うものだと考える。危険物質を扱う事業と同じように、相応のリスクコミュニケーションが必要ではないだろうか。

 特に本件は、もともと十分な説明の必要性が認識されていた制度である。にもかかわらず、今回の経緯をみると「目前の原発による危機を回避するため(そのためには再生可能エネルギー)」という緊急時の国民感情に依拠して、十分な説明とコンセンサス形成のプロセスが省略されたままになっている懸念がある。

 脱原発の気運と再生可能エネルギーへの期待が高まることは自然な流れだろう。しかし、冷静な検討や批判を許さない状況のなかで、十分な説明や冷静な議論もないまま法案審議が進んでいることに、社会的意思決定プロセスの面での悪しき前例となるのではないかという不安を抱いている。

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