シナリオプランニングの手法から~コロナ禍を考える(5)

デロイト社の “コロナ” シナリオ


東京大学公共政策大学院 元客員教授

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 この投稿を含め、あと3回でシリーズ2を終える。
 今回と次回の半分の紙面を、本年4月初旬に公表されたデロイトトーマツ社(以下「デロイト社」と略称)の“コロナ”シナリオの紹介にあてる。次回後半から最終回の紙面では、9月初旬に公表されたロイヤル・ダッチ・シェル社(以降「シェル」と略称)の“コロナ”シナリオを紹介する。シェルのシナリオには、未来のエネルギー・環境課題を語るシナリオが含まれている。読者諸賢は、デロイト社とシェルの作品を比較するとシナリオプランニング手法の理解が一層深まると思う。

 さてシリーズ2は一貫して、COVID-19については科学的によく解っていないことが多く、コロナ禍の深刻度も終息時期も判らない、我々はこの不確実性を認めねばならない、と論じた。コロナ後に日本社会が辿る道程は、当然のこと、コロナ禍の将来動向の不確実性、に影響を受けるだろう。シナリオ手法はこういうむつかしいところの分析を引き受けるのだ。
 ところで筆者はシリーズ2 第3回で「コロナ禍を経た日本社会」の現状分析の“現在”を、2つの時期に分けて考えたいと提案した。第一期を社会が極度の不安感と緊張感に覆われた2月初から4月末までの3か月とし、第二期は5月以降現在進行形、とした。デロイト社シナリオは第一期に、シェルシナリオは第二期に成立したものである。

 2020年4月6日、デロイト社が注目すべき良質のシナリオ作品を公表した。「COVID19 を契機に再構築される 世界 レジリエントなリーダーのためのシナリオ 3-5 年間(原題The world remade by COVID-19 Scenarios for resilient leaders 3-5 years注1) 」は、シナリオプランニング手法を手順通りに使った作品である。以下、フレームワークと内容は原典を参照しつつ、筆者のシナリオ手法の解説を紛れ込ませながら紹介する。詳しく知りたい方は原典に当たられたし。

1.デロイトのシナリオスタディの主要前提

 クライアントは私企業のトップマネジメントを想定。もちろん日本企業に特化した話ではない。
 作品のテーマは、「新型コロナウイルス感染症は、今後の3-5 年先、社会やビジネスの変化を、どのように加速または転換させていく可能性があるか?」である。つまりシナリオの時間射程は、比較的、短い。
 分析手法は演繹的アプローチ(シリーズ1 第4回第5回を参照)。

2.シナリオフレームワークの発見

2.1 デロイト社の現状分析
 「我々は過去に例を見ないグローバルクライシスに直面している。世界中の何十億もの人々は、通常の生活を送れなくなっている。我々はこのパンデミックが人々や社会に及ぼす影響を理解できていない。今現在、このウィルス自身の行く末さえ、見通せていない」
 これを読んで筆者は、これは深刻な認識だ、と感じた。欧米の人たちは「社会はもっとレジリエントなはずだろう、どうしたんだ?」と戸惑ったのか。

2.2 パンデミック後の未来社会を、様々、異なった姿に形成してゆく動因
 動因(シナリオ手法では「ドライバー」と呼ぶ)を、5つ特定した。

パンデミックの深刻度および伝染の進行パターン
国内および国家間の協力・協調のレベル
クライシスに対処する医療サービス制度
経済への影響
クライシスに対処する社会的結合(紐帯)の強さ、弱さ

2.3 フレームワークの発見
 デロイト社は5つのドライバーの考察を深め、フレームワークを見出した。ここで、「①パンデミックの深刻度および伝染の進行パターン」と、それ以外の②、③、④、⑤とを、ほぼ相互に独立している不確実性、と見なした。つまり、②、③、④、⑤を、「社会の側からのパンデミック対応と、その後の社会変化」に内在する不確実性、と解釈したのだ。
 他方で、「①パンデミックの深刻度および伝染の進行パターン」は今現在まったく予測が出来ず、5パターンが想定できる。すなわち、急激なピーク、自然消滅、徐々に拡大、ジェットコースター(季節性の流行が繰り返す)、更に悪い第2波、の5パターンだ。将来どのパターンに進むのかが、わからない。この5パターンと、「②、③、④、⑤ 社会の側からのパンデミック対応と、その後の社会変化」とを組み合わせて、シナリオのフレームワークが出来た。つまりこのフレームワークから、

 もし、パンデミックが「自然消滅」を辿るとすれば、それは、②、③、④、⑤のうちの、どの要素が、どう関与してそうなるのか? また、自然消滅パターンの下では、今後3-5年の未来社会は、どうなっているのか?

 という設問へと、前進できるのだ。
 デロイト社は、上記5つのドライバーの組み合わせを論じた後、最終的にコロナ禍後の社会の未来展開を4つのシナリオに整理している。The Passing Storm、Good Company、Sunrise in the East、Lone Wolvesの4つである。
 なんと、なんと・・・すばらしく演繹的なアプローチだなぁ! 

3.シナリオ手法でコロナ禍を分析する

 デロイト社の手法をさらに解説したい。
 シリーズ2第1回で、「ショックシナリオ」の型式を紹介した。そしてショック事象が起こる原因が説明しがたい場合は、「上流」とショック事象との間には、前後関係のみを措定し、他方で「下流」側は、未来に向かって展開するストーリーを因果関係の連鎖で整理してゆく、と述べた。
 デロイト作品は、COVID-19の原因を語らない。そしてコロナ禍の性質、進展や深刻さ度合が2020年春の時点では、まったく予想できない、という出発点に立った。そうなれば未来を描き分ける作業は、あたかも軍の机上演習のように、COVID-19の将来展開の可能性を複数パターンで想定し、それぞれに対して我が方の戦略的対応を想定する、という進め方になる。
 このポイントを読者と共に確認したいので、下記にデロイトシナリオのフレームワークを図示します。

 閑話休題。それではデロイト社シナリオの4つのストーリーを略述する。

The Passing Storm

 COVID-19は社会を揺るがすが、医療システムや政策が効果を発揮しはじめる。米中EU、国際機関などのグローバルプレイヤーは連携して共通の警鐘を鳴らし、ベストプラクティスが共有され、ウィルスは予想よりも早く終息する。各国政府は危機管理能力を示し、市民から信頼を得る。第2波の兆候は認められずパンデミックは長続きしない。
 WHO 等国際機関への信頼は高まる。世界大の協働の成功は、気候変動問題の国際的な取り組みを促進するだろう。個人、家族、コミュニティが社会的紐帯を発揮して危機を回避し、紐帯が一層、強まる。オンライン化は順調に進展してゆく。
 2020年年末に、経済活動が復旧。世界経済は最初は緩やかに回復するが、消費者の自信が増すにつれ2021年後半には回復が加速。しかしながら中小企業や低所得者が被った損失は取り戻せない。社会の階級格差は一層広がってゆく。そして、景気は後退期に入る・・・。

 ここで紙面が尽きた。次回に廻します。

注1)
https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/global/Documents/About-Deloitte/COVID-19/Thrive-scenarios-for-resilient-leaders.pdf