福島県で生活する東京電力社員の個人被ばく線量計測


東京大学大学院医学系研究科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授

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 福島第一原子力発電所の事故後、2013年1月に東京電力は福島復興本社を設置した。原子力事故による賠償、除染、復興推進などについて、福島県の皆さんのニーズに対応することを目的としている。福島復興本社の社員の多くは、福島県内の市町村に居住をし、県内の各事業所に勤務している。
 私たち東大病院の「チーム中川」は2011年4月から飯舘村を拠点に支援を続けてきたが、福島復興本社との連携も大きなプラスとなっている。
 東京電力は、福島県内に居住する社員の年間追加被ばく線量の実態把握を目的として、2018年11月から2019年3月にかけて、これら社員を計測対象とした個人被ばく線量計測を実施した。この結果が英国の放射線防護の専門誌に論文として報告されている。(出典参照)本稿では、その内容を一部紹介する。
 計測対象者は、電子式個人線量計とGPSを最大6日間、常に携行し、平日、休日を含めて個人被ばく線量と位置情報を計測した。これらのデータから、平日、休日それぞれの平均の個人被ばく線量を求め、それを用いて年間の個人被ばく線量を算出している。年間の大地からの自然放射線を差し引いて年間追加被ばく線量を求めている。
 今回の計測手法の特徴として、最短1分毎に個人被ばく線量を記録できる電子式個人線量計とGPSを利用していることがあげられる。放射性物質を扱う事業所とは異なり、一般の生活行動における個人被ばく線量の実態を明らかにする目的のためには、生活行動に応じた線量計測が必要である。そのためには、数分単位の線量の計測と行動の把握が求められる。今回使用した個人線量計は1分単位の計測を行っている。
 また、通常、行動の詳細を記録するために計測対象者に行動記録表をつけてもらうことが多い。今回の計測はGPSを用いて位置情報を記録している。計測対象者の行動様式を、自宅・自宅以外の屋内・屋外・移動の4つに分けている。これは、位置情報と線量計測値を用いて自動で判定している。午前0時に滞在している場所は自宅と判定している。自宅以外の屋内と屋外の判定は、その前後の個人被ばく線量の変化に閾値を設けて判定している。移動は、位置情報から判定している。論文では、個人被ばく線量の計測値とGPSの位置情報を用いることにより、行動様式と個人被ばく線量の詳細な関係を明らかにしている。

 図1は、GPSの位置情報を整理したもので、全計測対象者の滞在場所と移動経路を積算したデータを整理した地図である。今回の計測において対象となる地域、場所、範囲を示したものになる。青い円は、その場所に滞在した人数に応じて円の大きさが表されている。復興本社がある富岡町、事業者があり社員が比較的多い、いわき市、福島市、郡山市、南相馬市の円が大きくなっているのがわかる。また浪江町のように社員の活動場所として人数が多いところも円が大きくなっている。青い線は移動経路を示しており、移動した人数が大きいほど線が太くなるように表現されている。多くの社員が移動している浜通リ側の国道6号線が太くなっているのがわかる。


図1 計測対象者の滞在場所と移動経路の分布(出典論文を加工)

図1 計測対象者の滞在場所と移動経路の分布(出典論文を加工)

 図2は、年間追加被ばく線量ごとにその人数分布を示した結果である。
 福島県内に勤務する社員238名の年間追加被ばく線量は0.08~2.13mSvで分布している。計測対象者の約97%が1mSv以下であり、平均値は0.33mSvであった。計測対象者は、勤務の形態により内勤者と外勤者に分けられている。内勤者とは屋内での業務が主の社員、外勤者とは屋外の業務が主の社員としている。当然であるが、外勤者の方が内勤者に比べて年間追加被ばく線量が高い傾向にある。また年間追加被ばく線量が1mSvを越えたのは6名であり、すべて帰還困難区域内での業務を行う外勤者であった。除染推進活動や復興支援活動のために、空間線量率の比較的高い地域において活動をしている社員も含まれているため、一部追加被ばく線量が高いケースもみられた。内勤者については、その約98%は年間追加被ばく線量が0.5mSv以下であった。
 我が国では、福島第一原子力発電所の事故後、国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告を参考に、公衆被ばくについては、長期的に目標とする追加被ばく線量を年間1mSv以下としている。本論文の結果は、傾向としてこの目標に近づいていることを示している。


図2 年間追加被ばく線量の人数分布(出典論文を加工)

図2 年間追加被ばく線量の人数分布(出典論文を加工)

 図3は計測対象者毎に一日あたりの滞在場所別の滞在時間を求めたものを計測対象者全体で平均したものを示している。(平日のみの計測対象者を含んでいるため図1と人数が異なる)外勤者、内勤者ともに、自宅での時間が60%以上を占めており、自宅を含めて屋内にいる時間がそれぞれ約80%、約95%となった。屋外での活動が多い外勤者でも、屋外にいる時間は一日のうちでそれほど多くないことを示している。自宅や屋内の内部に放射性物質がなければ、通常屋外よりも屋内の方が空間線量率は低くなる。この結果から、屋外の空間線量率が個人被ばく線量に影響する割合が低くなることが予想される。


図3 一日あたりの行動様式別の平均時間(出典論文を加工)

図3 一日あたりの行動様式別の平均時間(出典論文を加工)

 以上の計測結果については東京電力社員による計測ではあるものの、福島県内に居住する場合の個人被ばく線量の一つの実態として論文と言う形で発信されていることに意義がある。
 行動をモデル化し、代表となる空間線量率から個人被ばく線量を推定することは、計測がすぐに実施できない場合や難しい場合を考慮すると有効な手法である。しかし、実際に計測を実施することにより実態を把握していくことも重要である。このような計測を継続して実施することにより、福島県内の個人被ばく線量の実態、傾向、変化を明らかにしていくこと、そして、これらの結果を国内外に向けて発信することは重要である。

【出典】

Keizo Uchiyama et al 2020 J. Radiol. Prot. 40 667