理想のイノベーション組織?

書評:シャロン・ワインバーガー著、千葉 敏生 訳『DARPA秘史 世界を変えた「戦争の発明家たち」の光と闇 』


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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電気新聞からの転載:2020年3月27日付)

 DARPAは、GPS、インターネット、自動運転などの技術を開発した。非連続なイノベーションをもたらす組織として内外で絶賛されている。DARPAにならったとする組織の設立も盛んだ。米国ではエネルギー技術版としてARPA-Eがある。日本では数々の内閣府主導の大型研究開発プログラムが組まれている。

 けれども、DARPAとは本当に理想的な組織なのか?この本はそうではないことを教える。他の政府機関と同様、なわばり争いや政治の成り行きに翻弄されて、活動内容は転々としてきた。

 スプートニク・ショックを受けて設立された後は宇宙開発を始めたが、これはNASAに移管されて消滅した。ベトナム戦争においては優れたM16銃を発明するが、陸軍のなわばり意識のため、導入が6年も遅れ、結局戦争には役立たず終わる。「9.11」後のテロとの戦いでは、国民監視ンステムを構築しようとしたが、プライバシー侵害が議会で紛糾し、組織は存続の危機に立たされた。揚げ句、研究は中止となった。

 それでも、DARPAには一貫した強みがあった。それは、年間30億ドルに上る大規模な予算を、ごく少数の人数の裁量で使えることだ。そこには通常の政府機関が直面する議会や行政からの細かい詮索が無い。軍事機密ということも好き勝手をする格好の隠れみのとなった。おかげで半ばSFの様な研究を次々に手掛け、ステルス戦闘機やピンポイント爆撃で世界に先駆けた。

 だがこれは失敗や暴走のリスクと隣り合わせだった。ユリ・ゲラーを巻き込んで超能力を研究してもちろん失敗した。ベトナムで人体へのリスクを考慮せずに枯葉剤を使用し米国の評判を落とした。ベトナム戦争では空爆をすれば勝てるという社会科学レポートを空軍の求めに応じて書き続け、南ベトナム政府の圧政と腐敗、それに民族自立の感情こそが問題の根源だという事実を隠し、国を誤らせた。

 日本の大型研究プログラムはDARPAを真似していると自称しているが、全く違う。行政が中身を詮索するから、確実に役立つ、成果が出る、ということが強調され、無難な計画にしかならない。暴走の危険は無いが、非連続なイノベーションも期待できない。DARPAを真似たいなら、リスクを承知で、少数の個人の裁量に本気で任せねばならない。


※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず

『DARPA秘史 世界を変えた「戦争の発明家たち」の光と闇』
シャロン・ワインバーガー著, 千葉 敏生 訳(出版社:光文社)
ISBN-10: 4334962238
ISBN-13: 978-4334962234