炭素国境調整メカニズムに対する欧州内外の見方


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 手塚宏之氏が3月19日~23日に4回にわたって連載された「EUグリーンディールの提唱する国境調整メカニズムの影響と問題点注1) 」を非常に興味深く読んだ。

 炭素国境調整メカニズム(CBAM: Carbon Border Adjustment Mechanism)はフォンデアライエン委員長のグリーンディールの看板政策である。欧州が2030年に90年比▲50-▲55%、2050年にネットゼロエミッションに向けて野心レベルを引き上げていけば必然的に域内産業にとってコスト増要因となる。その結果、EUよりも野心レベルの低い他地域との関係で国際競争力を失い、貿易収支の悪化、カーボンリーケージを招くことが懸念される。EUへの輸入品に体化されたCO2排出量に応じた課税もしくはクレジット取得の義務付けを行うことによってEU域内産業のレベル・プレイイング・フィールドを確保しようというのがCBAMの発想である。

 この施策はサルコジ元副大統領をはじめ、フランスが一貫して主張してきたものであり、EU内の自由貿易派である英国、ドイツはこれに常に消極的であった。しかし英国のEU離脱が確実となり、米国のトランプ政権による温暖化軽視姿勢がますます顕在化する中で、これまで慎重派であったドイツが検討に応ずるようになってきた注2) 。EUグリーンディールにCBAMが盛り込まれたのはこのドイツの柔軟姿勢によるところが大きい。

 しかし実際の制度導入にあたっては手塚氏が指摘するように様々な問題をクリアしなければならないし、他国からの反発も予想される。本年1月のダボス会議ではCBAM導入を打ち出したフォンデアライエン委員長に対し、米国のロス商務長官は「デジタルサービス課税のような保護主義的なものであれば対抗措置をとる」と明言しているし、中国は「温暖化防止の国際協力に悪影響を与える」と牽制球を投げている。

 欧州委員会は本年初め、CBAMの検討の一環として開始影響調査(Inception Impact Assessment)を行い、CBAMの導入検討の背景を説明するとともに、広く内外のコメントを募った。3月4日から4月1日のコメント期間中にEU内外から219のコメントが寄せられた。欧州委員会の趣旨説明ペーパー、寄せられたコメントは欧州委員会のサイトで全て閲覧することができる注3)

 以下、様々な団体から寄せられたコメントのいくつかを紹介したい。

CAN Europe(環境NGO): CBAMの導入理由とされる炭素リーケージが生じている証拠はない。CBAMを導入するならばエネルギー多消費産業に対するEU-ETSの無償配布を全廃すべきである。製品に体化されたCO2をとらえる必要は理解するが、製品に体化されたCO2のデータのアベイラビリティには限界がある。CBAMは他国の脱炭素への取り組みへのプレッシャーになる一方、一方的措置とみなされ、他国の多国間協力に対する意欲をそぐ可能性もある。SDGとパリ目標を追求する貧困国の能力にも留意すべきである。

RFF (Resource for the Future) (米国シンクタンク): 炭素輸入関税が類似製品への域内税に立脚したものでなければWTO上問題である。EU-ETSのような規制手続きを相殺するためのCBAMはWTO整合的とはいえない。ETSは施設を対象とするものであり、製品を対象とするものではない。またETSの価格も変動し、固定価格ではない。WTOの最恵国待遇(MFN)原則上、CBAMは全ての国に等しく適用することが必要になる。CBAMを輸出国の国内政策に応じて調整することは許されない。

EDF:CBAMは電力部門のカーボンリーケージ(ロシア、ウクライナからの電力輸入等)にも対応したものにすべきである。電力多消費産業(セメント、鉄鋼、アルミ)はカーボンリーケージのリスクにさらされている。輸入品の炭素含有量の計算、WTOとの整合性、報復措置の可能性等、多くの課題があり、対象セクターの選定に留意すべきである。輸入事業者をETS市場に参加させる、EU-ETS価格と同様、変動性の炭素関税をかけることも一案ではないか。CBAMは政策ツールの一つにすぎず、野心レベルや政策に関する二国間合意も有益である。EUの低炭素産業の競争力強化のため、R&D支援、climate driven な産業政策が重要である。

ドイツ自動車工業会:ドイツ自工会は多国間ルールに立脚した貿易投資フレームワークを支持しており、カーボン・投資リーケージを防ぐための方法はWTO整合的であるべきである。CBAM発動相手国からの対抗措置の可能性も考慮すべきで、一方的、差別的な発動は避けねばならない。欧州からの輸出品はEUの気候政策の高コストから逃れるべきではないとの欧州委員会のポジションは欧州産業の競争力に悪影響を与える。多くの製品はCO2含有量の記録・検証が困難である。CBAMがETSの無償配布やドイツ再エネ法の免除措置を代替可能なものかどうか不明である。貿易パートナーとの密接な連絡が不可欠である。COVID19の悪影響にも留意すべきである。

CEFIC(欧州化学工業会):輸出競争力の確保が重要であるが、CBAMはWTOと整合的であるべきである。貿易紛争を防ぐための国際対話が前提となる。CBAMの収入を全て低炭素製造業、投資に振り向けるべきである。現在のカーボンリーケージ防止策(無償配布等)を犠牲にすべきではない。制度の費用と複雑性を最小化すべきである。

ドイツ商工会議所:現在のカーボンリーケージ対策(無償配布、電力料金補填)は有効であり、要すれば延長すべきである。CBAMは報復措置を招き、保護主義につながる恐れがある。またCBAMの経済効果は不明確であり、予測困難である。CBAMはred tapeを招く可能性大であり、中小企業に大きな負担となる。輸入品のCO2含有量を信頼度の高い形で特定することは極めて困難である。各国の高コストの温暖化政策によるEU域内でのカーボンリーケージを避けるべき。

IndustriaAll Europe(労働団体): 欧州の気候政策は国際的に非対称的に野心レベルが高い。輸入品をEU-ETSの対象とする一方、EUから炭素価格が低いか、存在しない国々への輸出についても措置を講ずるべきである。CBAMについては法的根拠を明確にし、対象セクターについては鉄鋼、セメント、電力等を優先し、部品数の多い製品は不適当である。WTO整合的であることが重要であり、様々な国際的な場でCBAMのアウトリーチを行うべきである。調整措置はETSが製造プロセスにもたらしている追加的コストと厳格に比例したものとすべきであり、輸入についてはCBAM、輸出については無償配布のハイブリッドも検討すべきである。

EUROFER(欧州鉄鋼連盟):CBAMはEU-ETSの無償配賦、電力料金保障措置を補完するものであるべきであり、CBAMの導入を無償配賦の廃止・オークションの導入と組み合わせれば欧州の事業者の輸出競争力が大きく損なわれ、カーボンリーケージのリスクが高まる。

スペインセメント協会:CBAMの導入はカーボンリーケージを防ぐために不可欠である。他国の政策変更にも効果をもたらす。他方、少なくともEU-ETSのフェーズⅣが終わるまではCBAMとEU-ETSの無償配賦との共存が不可欠である。現行のリーケージ対策を効果が不明な新たな制度で代替した場合、将来の投資に深刻な不透明性をもたらす。

トルコ産業連盟:CBAMはEUの貿易パートナーに多大な影響を与えるものであり、WTOの原則を堅持すべきである。CBAMの実施が法的不確実性を招くことのないようにすべきであり、環境、経済、社会面のインパクトをきちんと評価すべきである。

ロシア鉄鋼連盟:一方的で特定セクターを対象としたCBAMに大きな懸念を有している。カーボンリーケージはETSのコストが主要因ではない。EUの鉄鋼半製品にCBAMがかかれば、EUの最終製品の競争力は更に低下することになろう。WTOとの整合性を確保するならば同等のカーボンフットプリントを有する商品に国産品、輸入品を問わず炭素税を課するべきであり、WTO非整合的な一方的措置は報復措置を招くのみである。

 非常に興味深いのはCBAMに対する見方が欧州内でも様々であることだ。環境NGOであるCAN Europe はそもそも欧州産業界の懸念する炭素リーケージの存在、したがってCBAMの必要性にも疑問を持っているが、やるならば欧州の産業界が享受してきたEU-ETSの無償配賦を廃止すべきであると主張している。更に輸入品に体化されたCO2の計算の難しさ、報復措置の可能性を指摘する等、「意外に」まともである。
 他方、CBAMの対象セクターになる可能性の高い鉄鋼業界はEUROFERのコメントに見られるようにCBAMの導入を理由にEU-ETSの無償配賦を廃止することに反対している。輸入品にはCBAMを課する一方、域内産業には無償配賦を続けるべきだというのだから虫のいい話である。同様にCBAM対象セクターとなる可能性の高いセメントではスペインセメント協会がCBAMと無償配賦の併用という考え方を提唱している。
 鉄鋼業界、セメント業界がCBAMを歓迎しつつ、無償配賦の維持を求めているのに対し、ドイツ自動車工業会、ドイツ商工会議所等はそもそもWTOとの整合性、報復措置の懸念、CO2含有量の計算の難しさ等を理由にCBAMに懐疑的なコメントをしているのも興味深い。CBAMが導入されれば、炭素集約度の高いエネルギー構成を有する中国、インドからの輸出品は間違いなく対象になるだろうが、対中輸出に大きく依存しているドイツの産業界が中国からの対抗措置を懸念していることが見て取れる。フランスに説得されてCBAMの検討には同意したものの、ドイツ政府のポジションがフランスほど前のめりでないのも自動車業界を含むドイツ産業界の慎重姿勢が影響しているのであろう。
 また米国の環境シンクタンクであるRFFが指摘するように価格が変動するEU-ETSとリンクしてCBAMを導入することがWTO上適切なのかという論点は重要である。EU域内に統一的な炭素税を導入すれば、炭素含有量の計算の難しさという技術上の問題は残るとしても、CBAM導入の正当性は主張しやすいであろうが、それができないからこそEU-ETSが導入され、無償配賦が実施されてきたのがこれまでの経緯である。また最恵国待遇に基き、全ての国に等しく適用すべきだという論点も大きい。中国はパリ協定に参加し、PVやEV導入を頑張っているのだから免除、米国はパリ協定を離脱してけしからぬから適用というわけにはいかないのである。
 当然のようにロシア、トルコの産業団体はCBAMの導入に強い警戒心を表明している。中国、インドの産業団体がコメントしていないか探してみたが見つからなかった。とりあえずは様子見というところであろう。なお、我が日本からも1件匿名のコメントが出ており注4) 、「CBAMは保護主義的であり、グローバル経済に悪影響を与える」との理由で反対意見が表明されている。コメントでは日本の鉄鋼業界の温暖化防止への取り組みが紹介されており、筆者は手塚氏が出されたものではないかと推察しているところである。

 このコメント提出プロセスはコロナが欧州を席巻する直前にはじまり、コロナ禍の渦中に締め切られているが、現在、同じような意見公募を行ったらどうなるか興味深い。コロナで世界経済が大きく痛んでいる中で各国が欧州のように温暖化対策への前のめり姿勢を維持する可能性は更に後退しているだろう。だとすれば欧州がグリーンディールに基き、野心レベルを引き上げるためにはCBAMの必要性が更に高まることになる。CBAMに類似した考え方をプラットフォームに掲げているバイデン氏が米国の大統領になれば米欧連携を作る動きも出てくるかもしれない。他方、欧州がCBAMを一方的措置によって導入し、報復措置の連鎖が起きれば世界経済はコロナに引き続き大きく毀損する可能性もある。2021年に具体案を提示するという現在のタイムスケジュールがどうなるかも含め、今後の動向を注視する必要がある。

注1)
http://ieei.or.jp/2020/03/opinion200319/
http://ieei.or.jp/2020/03/opinion200323/
http://ieei.or.jp/2020/03/opinion200324/
http://ieei.or.jp/2020/03/opinion200325/
注2)
https://www.reuters.com/article/us-france-germany-carbonbordertax/france-persuades-germany-to-consider-eu-carbon-border-tax-idUSKBN1W42BL
注3)
https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/12228-Carbon-Border-Adjustment-Mechanism
注4)
https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/12228-Carbon-Border-Adjustment-Mechanism/F510163