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水素事故を乗り越えるノルウェーと韓国

着実な歩みか、理想を追い求めるのか


国際環境経済研究所所長、常葉大学経営学部教授


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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2020年1月号からの転載)

 ノルウェー観光の目玉と言えば、オーロラと氷河の浸食作用で作られた入江(フィヨルド)だろう。同国の海岸線には高い山に囲まれたフィヨルドが多く、水深もあるため橋の建設が難しく、フェリーによる往来が多く行われている。
 ノルウェーのフェリーの大半は、フィヨルドを横切るだけの短距離の運航で、電動化に適している。船舶の電動化には、重量のある蓄電池を航続距離に合わせて大量に搭載する必要があり、充電時間も長くなることから、航続距離の長い航路に電動化は適していない。しかし、短距離であれば可能だ。
 温暖化対策に熱心なノルウェー政府は2011年、フィヨルドに面した2つの村(距離5.7km)の間で電動フェリーを運航する企業を入札で募った。その結果、最初の電動フェリーが2015年に導入された。
 フェリーは長さ80m、幅21mで、乗客360人、車120台を積載できる。重さ10トンの蓄電池(1000kWh)が使われている。軽量化のため、船体はアルミ製だ。
ノルウェーは電力供給のほとんどを水力発電で行っていることから電気料金が安く、電動化により運航費用が低減された。さらに、振動、騒音が減少し、維持費が削減されるなどのメリットも得られた。その結果、商業化ベースでの電動フェリーの導入が進み、2018年に3隻が就航した。その後、他国にもフェリーを中心に電動船の導入が広がり、現在約80隻が建造中となっている。
 ただ、航続距離には限度があり、短距離以外の航路での利用は困難だ。さらに、大型化や高速化も難しい。この欠点を克服するため、ノルウェー政府はフェリーへの燃料電池の適用を考え、2017年に燃料電池フェリーの入札も実施。2021年には、世界初の燃料電池フェリーが就航予定になっている。燃料電池フェリーで解決すべき点は燃料供給だ。ノルウェーには、船舶に供給可能な大規模水素供給施設はまだない。

電動化から水素へ

 船舶からの二酸化炭素(CO2)排出量削減に力を入れるノルウェーは、自動車部門でも排出ゼロを目指している。欧州では、独英仏などが自動車部門からの排出量ゼロを目指し、将来的にガソリン、ディーゼルエンジンの自動車販売を禁止することを決めている。英仏は2040年、ドイツは2030年を目標年にしているが、ノルウェーは2025年までに販売を禁止することを決定済みだ。高速道路の使用料金や道路税も内燃機関自動車の負担が重くなっており、電気自動車(EV)などの販売が有利になる政策を採用している。
 こうした政策支援に加え、欧州内では電気料金が相対的に安いこともあり、ノルウェーは新車販売台数に占めるEVの割合が高く、世界一のEV導入国となっている。
 同国の2018年末のバッテリー稼働車とプラグインハイブリッド車(PHEV)の台数は24.9万台で、中国、米国、日本に次ぐ世界第4位。しかし、2018年のEV販売台数は7.2万台で、新車販売に占める割合は46.4%と、世界一のシェアとなっている。
 2018年の欧州と日本のEV販売台数、シェアはの通り。ノルウェーの2019年8月の新車販売に占めるEVのシェアは49%に達している。


表 欧州主要国と日本の電気自動車(EV)販売シェア
※ EV にはプラグインハイブリッド車を含む
出所:国際エネルギー機関(IEA )の資料から作成

 また、燃料電池車(FCV)の導入も進めており、ノルウェー国内に3カ所の自動車用水素ステーションが設置された。
 ところが2019年6月10日、首都・オスロ近郊の水素ステーションで爆発事故があり、近くを車で走行中の2人が軽傷を負った。ノルウェーでは同月時点で、約160台のFCVが登録されていたが、この事故ですべての水素ステーションが閉鎖され、一時、水素の充填ができなくなった。
 ノルウェーでは2019年1~6月までに、トヨタ自動車のFCV「ミライ」が8台、韓国ヒュンダイのFCVが21台販売されていたが、両社ともこの事故を受けてFCVの販売を一時中止した。
 その後、事故は、水素ステーションで使用していたバルブが不良品だったために水素が漏れ出し、着火したことが原因と判明。水素社会の推進に大きな障害にはならなかった。
 同様の事故は韓国でも発生し、死者が出たことから反対運動も起きた。しかし、韓国政府は、事故を乗り越え水素社会を推進する意向を明らかにしている。
 世界の国別FCV保有台数はの通り。


図 燃料電池車(FCV)の国別保有台数
※ 2018年末の台数
出所:国際エネルギー機関(IEA)の資料から作成

韓国が描く水素社会

 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は2019年1月、工業都市の蔚山でスピーチを行い、水素社会を強調した。文氏は、水素社会が実現すればエネルギーコストが安定化し、安全保障が強化され、大気汚染も解消されると述べ、さらに経済と雇用にも好影響を与えると強調した。その際、FCVの生産目標や雇用・経済への効果について次のような数値を挙げた。

生産目標は2019年が4000台、22年までに8.1万台、30年までに180万台。
これまでの水素社会の経済効果は1兆ウォン(約925億円)、関連雇用は1万人だが、2030年までに25兆ウォン(約2.3兆円)、20万人になる見込み。

 こうした水素社会への意気込みとは裏腹に、2019年5月、韓国江陵市の工場で水素爆発事故が起き、8人の死傷者が出た。ノルウェーの水素ステーションでも6月に爆発事故があり、さらには9月下旬には、韓国の石油化学工場で水素が漏れ、3人が火傷を負う事故があった。一連の事故で水素ステーションの近隣住民による反対運動が起きたが、韓国政府は10月、水素都市を3カ所選定し、2022年までに水素エネルギーによる熱・電力供給を行い、670台のFCV、30台の燃料電池バスを導入する構想を発表した。2030年までに全市町村の10%、40年までに30%を水素都市に転換するとしている。
 ノルウェーも水素利用熱が減速することはないようだ。欧州は、電車、船舶など公共交通機関での水素利用が先行し、中国、日本、韓国はFVCが先行している。ノルウェーは、コスト、充填施設の問題を解決しながら、着実に水素社会に向けて進んでいくようだ。フェリー向けの水素充填施設の問題もこれから解決するのだろう。
 一方、韓国の文大統領は、誇張も含めて水素のプラスの側面を強調し、コストなどを無視したバラ色の世界を語っている。水素の利用は、温暖化対策、エネルギー自給率向上に大きく寄与するが、コスト、充填施設の問題など課題も多く、住民の理解も必要だ。構想だけでなく、水素社会実現に向けた具体的な道筋はあるのだろうか。現実をあまり顧みず、理想を追い求める姿は、北朝鮮との関係にも通じるところがあるように見える



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