停電から考える将来の電力供給と国の姿


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 台風により千葉県を中心に停電が発生した。一部のテレビ番組では電線の地下化により停電は防げたとの意見も紹介していたが、設備の分散、あるいは電線の地下化により供給の中断を避けようとすれば、コストが犠牲になり電気料金が上昇する。供給の安定化とコストは、何かを達成しようとすれば何かが達成できなくなるトレードオフの関係にあることを考える必要がある。
 電線の地下化により台風による停電事故は防ぐことができるが、そのコストは電気料金にはね返る。停電時には停電を防げとの意見が多くなるが、そのために電気料金が上昇することを許容する人は多くないだろう。電気料金の上昇は、家庭のみならず産業にも大きな影響を与える。鉄道料金からスーパーの商品まで電気料金の影響を受けるサービス、物品は多くある。
 脱原発・脱石炭火力を進める一方、再エネ導入量の大幅増を計画しているドイツでは、一部地下化による送電線の増強が必要になったが、今後電気料金の値上がりの可能性が指摘されている。ドイツの家庭用送配電コストは、既に電気料金の2割以上を占め2018年平均7.17ユーロセント/kWhに達している。2018年4月時点で29.88ユーロセント/kWhだった電気料金はどこまで上昇するのだろうか。日本は、ドイツ以上に難しい問題を抱えている。それは、急速に進む人口減少によるコスト上昇だ。

インフラ設備強靭化・維持が困難に

 大規模停電発生後から、北海道電力から沖縄電力までの一般電力会社と関係会社が、発電機車両と人員を千葉県に派遣し復旧作業を行っている。停電発生直後には、一般電力会社が応援派遣を行っていることに触れた報道はなかったようだが、停電が長引くに連れ、復旧作業が昼夜行われていること、また応援派遣にも触れる報道が目につくようになってきた。13日付読売新聞朝刊などは、かなり詳しく報道している。
 しかし、災害に備え設備を強靭化し、事故の際に復旧作業を行うことは、これから難しい時代になっていく。その理由は人口減だ。たとえば、今回停電した千葉県南部のいくつかの市町の人口推移予測は図-1の通りだ。首都圏にもかかわらず過疎が進むことになる。人口減少が進む中では、人は地域の中心都市に集まり始める。北海道では札幌、九州では福岡、四国では各県の県庁所在地だ。千葉県も例外ではない。中心となる都市以外の地域では人口減少が一段と進む。

 人口減少が大きく進む地域でも送配電網の維持は必要だが、需要家が大きな費用負担を行うことは難しく、送配電を担う企業もコスト削減を進めざるを得ない。災害に備える設備強靭化の投資も困難になり、災害発生時に、他の地域に応援を行うことも徐々に難しくなるだろう。今回発電機車に加え、9電力会社から応援が出ている。例えば、隣接する東北電力、中部電力から、それぞれ延べ663名,782名の人員が派遣され、遠く離れた北海道電力からも105名、沖縄電力からも16名が派遣されている。
 しかし、今後人口が都市部に集中し過疎化が一段と激しくなれば、投資減少による自然災害時の停電事故発生の可能性は高まり、復旧に長期間かかるようになる可能性もある。ただ、仮に政策により人口減少に歯止めがかかるようになれば、送配電設備などのインフラ設備の強靭化、維持も可能になる。日本の社会はどこに向かっているのだろうか。大きな方向は二つだ。

小さな国を目指すとインフラ維持は困難に

 2018年の日本の出生率は1.42だった。欧州主要国を見ると、英国1.74、ドイツ1.57、イタリア1.32、フランス1.90だ。ドイツは2006年に1.32まで落ちていたが、少し回復している。日本が2005年の1.26 の過去最低から回復している状況に似ているようだ。欧州一出生率が高いフランスでも人口維持は難しいレベルだが、こられの国の人口は図-2の通り増加している。移住者が多いためだ。

 少子化対策を進める日本も出生率が人口維持レベルまで短期で戻る可能性は薄い。日本は世界10位の人口大国だが(表-1)、移住者を入れなければ、75年後に今の人口の半分になり、100年後の人口は5000万人程度まで減少すると予想されている。いまの韓国、スペイン、ケニヤと同程度の人口になるということだ。

 人口と経済成長は関係ないので、人口減少は必ずしも低経済成長を意味する訳ではない。技術革新などにより生産性を上げられれば、豊かになり幸福度は上がる。いま、世界の幸福度ランキングでは、日本は56位だ。上位10カ国は表‐2の通りだが、最も人口の多いカナダでも人口は世界38位だ。人口減少社会は、幸福度を上げる社会になるかもしれないが、既に作られたインフラの維持には当面大きなコストがかかり、エネルギー価格の上昇は避けられない可能性が高く、経済にも影響を与える。

 日本は人口・市場を維持するのか、あるいは小さな国、どちらの社会を目指すのかが明確でないため、インフラに関係する企業は将来の投資計画を立てることが難しくなっていく。結果、設備の強靭化、自然災害時の復旧への備えも十分ではなくなる可能性も高くなる。不確実性は早く取り除かれることが望ましい。

安定供給実現のため

 電源の分散、送配電網の地下化などの電力設備強靭化、供給安定策には多額の投資が必要になり、コストを考えながら実行することになる。一方、安定供給の基礎になるのは供給源の多様化だ。化石燃料の多様化は無論のこと、再エネ、原子力の活用も必要だ。あまりコストを掛けずにできることも多い。
 停電の発生を防ぐためには、電力関係設備の強靭化だけではなく、エネルギー供給源の多様化も重要になる。コストも大切だし、環境性能も大切だ。ただ、電力供給が中断すると社会生活には大きな支障が出てくる。トレードオフを考えながら安定供給に資する政策を政府は早く打ち出す必要がある。何もしないと、将来の安定供給は大きく傷つく可能性がある。