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石炭火力で分断されるEUの温暖化目標

加盟国にのしかかる安全保障、経済性の問題


国際環境経済研究所所長、常葉大学経営学部教授


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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2019年8月号からの転載)

 欧州連合(EU)の欧州委員会(EC)と欧州議会は気候変動問題に熱心で、温室効果ガス削減目標の強化にも取り組んでいるが、EU加盟28カ国の意思を統一することは容易ではない。
 2030年の再生可能エネルギー比率目標を27%から引き上げる試みには、再エネ比率増加によるエネルギーコスト上昇を懸念するドイツが30%以上への引き上げは無理と主張し、35%を提案した他の主要国と対立した。結局、32%で合意したが、ドイツの抵抗はこれだけではない。
 ECと欧州議会は2040年の温室効果ガス削減目標(1990年比40%削減)を大きく引き上げ、55%にすることを狙ったが、最終的には45%を目標とするための協議が今年3月から、EU首脳会議で始まった。この目標引き上げにも、ドイツはポーランドなどとともに反対したと報道されている。この目標引き上げの議論は今後も首脳会議で続けられる予定だ。
 そんな中、ドイツのメルケル首相は5月、ECが昨年11月に提唱した2050年に温室効果ガスの純排出量をゼロにする目標を支持することを明らかにし、ドイツは抵抗勢力から立場を変えた。背景には、直後に行われたEU議会選挙で環境派とされるグリーンの躍進が予想されるなど、気候変動問題への積極姿勢が有権者に評価される流れに対応することを狙ったメルケル首相の考えがあったように思われる。
 ドイツは、ECの2050年目標支持を明らかにしたものの、6月下旬に開催されたEU首脳会議で4カ国が反対したため、2050年純排出量ゼロ目標を正式に決定することはできなかった。
 また、ECは、2030年までの石炭火力廃止宣言を加盟国中8カ国しか提出しなかったことを明らかにした。
 EC、欧州議会が旗を振っても、加盟国にはエネルギーコスト、安全保障、国内炭鉱の雇用維持などの事情があり、目標設定の実現は簡単ではないようだ。

EUの石炭火力問題

 ECの呼びかけに応じ2030年までの石炭火力廃止宣言を提出したのは、フランス(22年まで)、イタリア、アイルランド(以上25年まで)、スペイン、オランダ、デンマーク、ポルトガル、フィンランド(以上30年まで)の8カ国にとどまった。EU諸国の2018年時点の石炭火力の発電量比率はの通りで、廃止宣言を提出した8カ国の多くは、石炭火力比率が相対的に低い。


表 欧州諸国の火力発電比率
※ 2018年実績値 出所:国際エネルギー機関(IEA)

 残りのEU20カ国のうち、英国はすでに2025年までの石炭火力全廃を明らかにしているが(今回は宣言しなかった。理由は不明だが、EU離脱と関係があるのかもしれない)、19カ国は石炭火力を当分使い続ける意向を示したとも言える。
 使い続ける背景は国により異なるが、ドイツは旧東ドイツにある褐炭炭鉱の雇用維持と地域経済への影響を考え、2038年を石炭火力全廃の目標年にしている。全廃を20年先に設定しているのは、雇用、経済の問題だけでなく、安全保障の問題もあるのだろう。
 ドイツは2022年12月、すべての原子力発電所を停止させる予定だ。その結果、電力供給で天然ガスの果たす役割が大きくなると考えられるが、天然ガスの大きな供給源はロシアだ。ドイツにすれば、ロシアへのエネルギー依存度の大幅上昇は避けたいに違いない。石炭火力閉鎖までの20年間で、再エネ導入量の増加に期待し、ロシア依存度の上昇を避ける狙いもあると思われる。
 安全保障問題を抱えるのはドイツだけではない。発電量の約8割を石炭火力に依存するポーランドも同様だ。同国には国内炭鉱の維持が必要という事情もあるが、石炭火力を廃止した場合、現在計画している原発が完成するまでの間、天然ガス火力を増強するしかないことになる。
 2006年と2009年、ロシアはウクライナとの天然ガス価格交渉の決裂を理由に、同国向けの天然ガス供給を中断し、その結果、欧州諸国向け供給も大半が途絶した。ロシアの天然ガス依存度が高かったポーランドなどは、冬のガス供給途絶で暖房が行えない辛い経験をした。ロシア依存に危機感を持ったポーランドは、米国からの液化天然ガス(LNG)受け入れ基地建設など、ロシア離れを進めているが、依存度は依然高い。石炭火力の減少は、ロシアからの天然ガス依存度を増やすことになり、ポーランドとしては安全保障上、進めることが難しいと思われる。
 現在、石炭火力に大きく依存している国は、多かれ少なかれ、石炭火力廃止により安全保障上の問題を抱えることになる。ECが石炭火力廃止は気候変動対策上、必要と呼びかけても、経済、安全保障上の問題を抱える国が応えることは難しい。

合意できない2050年目標

 ECと加盟国との意思に差が見られたのは、石炭火力廃止だけではない。
 5月上旬、ルーマニアでのEU首脳会議に先立ち、フランス、スペイン、オランダ、ベルギー、ポルトガル、デンマーク、スウェーデン、ルクセンブルクの8カ国は、2030年の温室効果ガス削減目標を引き上げ、遅くとも2050年までに純排出量ゼロを目指す計画をECが立案するよう非公式に要求した。メディアでは、主要国の中でドイツとイタリアが名を連ねていないことが話題になった。
 その後、ドイツのメルケル首相は5月中旬にベルリンで開催された環境関連会議の場で、ドイツは2050年純排出量ゼロをいかに達成するかを議論すると発言し、自国で設定していた2050年に2005年比80~95%削減目標を引き上げることに言及した。
 ドイツが支持の姿勢を示したものの、6月20、21日に開催されたEU首脳会議で提案された2050年ゼロ目標にエストニア、ポーランド、チェコ、ハンガリーの4カ国が反対したため、まとまらなかったと報道された。
 4カ国とも石炭をはじめとした化石燃料の比率が高い。また、の通り、ハンガリー以外の3カ国は1人当たりのCO2排出量が相対的に多く、ゼロ目標達成は困難と判断したものだろう。


図 1人当たり温室効果ガス排出量
※ 2017年実績値 出所:欧州連合(EU)統計

 CO2排出削減のため、多くの機関投資家、金融機関が石炭火力廃止を議論しているが、気候変動問題に熱心に取り組んでいるEUでさえ多くの国が廃止に躊躇している現状を見ると、石炭が持つエネルギー供給源の多様化と経済性のメリットを低炭素電源で置き換えることの難しさを実感している国が多いと思われる。
 気候変動問題だけでなく、安全保障、経済性も考えなくてはいけないということを、欧州諸国の動きは教えているようだ。



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